世界の素晴らしいところを数えよう。

こんばんは。

舞マガジンへようこそ。

2015年の9~10月に、

わたしが学んでいる、

身体の学校 安部塾

の安部 吉孝先生と5回にわたって対談しました。

文字をリンクすると動画が見られます。

① 心と身体の不思議な関係

② 壊れた脳とその修復について

③ 自分をさらけ出すと世界が変わる

④ 食べるということ

⑤ 自己肯定感を高めるには?


わたしにとって、とても貴重な対談ですので、

今回、YouTubeにアップしている対談を、

自分の勉強と皆さんにシェアするため、内容をまとめることにしました。


 1回の動画が約1時間です。

文字にすることで、

何度も気軽に読み返すことができ、

理解が深まるのではないかと思いますので、

動画を見られた方も、

動画だとなかなかまとめている時間がない方も、

など、活用していただければうれしいです。

動画の内容を理解していただけると、

人間の心と身体の仕組みの理解が深まり、

皆様が望む人生を送ることに大変役に立つと思います。

わたしのレッスンでも、この動画で先生がお話されている内容をベースにお話ししています。


 なお、内容は、読みやすいようにある程度対談の内容を修正しています。

今日のテーマは、

「自己肯定感情を高める」です。



安部:安部 吉孝先生
舩越:舩越 舞

安部 :そもそも何から始まったんだっけこの企画?

舩越:なんでかというと結構その話が出ていて、先生のブログに書いてあったりとか、
よくお話に出ると思うんですけど、

私もお会いして1年間見ていていろんなことを実現されていて面白いなあと思っていたんですね。
 
自己肯定感情を深めたいけどどうしたらいいのかわからないというそういう方とかもいるのかなあと。
 
それについて先生はもともと自己肯定感情は高かったんですか?

安部:高いわけない!
   
自己肯定感情が高い人はたぶん自己肯定感情について考えることが生まれてから1回もない人です!
   
僕のアドバンテージはどん底から改善したということ。
最初からできてたらたぶんあってないです。遥か高い世界で生きていると思う。
      
舩越:安部塾とかも自己肯定感情がある人はここに来ないでしょうね。
   
低いものが高くなるきっかけとかありましたか?

安部:うーんというよりは自己肯定感が低いままだと惨めなままで生きていくことになるので、必要に迫られてじぶんを肯定していかざるを得ないと勉強していった。

舩越:それはいつぐらいですか?

安部: 2・30歳頭くらいかな。言葉自体は20後半に知ったんですが、意味が解るまでに10年近くかかったんじゃないかな。
 
そもそも自己肯定感情というものを勘違いしていましたから。

舩越:もともと自己肯定感情というものを何で知ったんですか?

安部:ブームだった。心理医療法、セラピーブーム
 
昔流行った映画で危険な情事というものがあったんです。
浮気したら付きまとわれるっていう境界性人格障害者の女性に付きまとわれるという。
 
境界例ってやつ。これになってしまう理由は異常なまでの自己肯定感情の低さ、自己否定感情の強さから始まるというのを今から30年も前に見ました。

舩越:それを見て勉強しようと思ったんですか?

安部:いやいや、(映画を見て)問題行動を起こす人、つまり自分で自滅していく人というのが人格障碍者、パーソナリティ障がい者だということを22、23の時に知りました。それまでは映画の中の話だと思っていましたから。
 
当時ストーカーという言葉があったり、あれ全部人格障碍者なんです。
人格が壊れているということですね。
なぜ人格が壊れるかというとものすごい高いレベルの自己否定。
見捨てられる不安とかもありますが、見捨てられてるという不安がある人はずっとアピールをするでしょ?
冷静に考えるとそんな人はうっとうしいだけなんですよ。
これは例えばシンガー。自称シンガー。自称ダンサーとかいう人。

舩越:自称というのは?

安部:ファンがいないってこと。

アーティストって何もしなくても例えばなんかやった瞬間にファンが集まってくお金がもらえる人っていうのをアーティスト。

自称アーティストは売り込みに行きます。

僕一応自称ではないので売り込みはしてないでしょ?
まずフライヤーは意地でも作らない、置かない。告知すら作らない。真面目にできない、しない。
自己肯定感情を高めていくということは自己アピールを一切しないということかな。
これなかなか難しい。
出来ないけど概念はわかる。

舩越:まあ究極はそう

安部: 究極というか本来はというべき。
究極というとツボらない?
本来出来て当たり前。
 
でもまあこれこの前のテーマね、すべて母親がつくりあげてしまった子どもに対する子どもが持ってしまった誤った自分のイメージ。

だからまずは母親がそういうことを出来ない人だった。

子どもの自己肯定感情を高く育めない親だったということを自覚して、まあだからといって母親を責めても仕方がないので、とりあえず染みついた自己否定感情をどうしようということを考えてほしいところ。
 
それが例えば真面目に安部塾に通って身体疎外の勉強をするとかいうのが一つの方法だったりするわけ。
 
うちじゃなくてもどっかの学習塾に通ったり、会社で売り上げをあげたりとか、個人事業を成功させたりしてどんどん高めていきます。

誤解があるんだけど結果を出したから高まるというんではなくて、自己肯定感情を高めたらなぜかうまくいったと。

もっとやろう。

わかります?順番が逆なんです。例えば売り上げが上がったら自己肯定感情が上がるという考えの人は売り上げが下がったら一気に自己肯定感情が下がってしまうでしょ?
 
そうじゃなくて王道を行こうと、余計なことは全部やめようと、自己アピールを含めて全部やめようと、自分の魅力は何かについて考えようと。
 
ここ大事ね、何の実績も上げられなくても、何もしてなくてももっと言うとグダグダしててもそれで高く評価されようと。


評価という言葉は本来使うべきではないですね。周りの人から高く肯定してもらおうと、それが当たり前だと思ってるとそうなります。

ここでいいます。

自己否定感情が強い人はそんなことされると怒られるとかそんなことしていると批判されると思う。
そしてその人が信じている通りに見事に批判されますし、否定されるんです。
最初に自分が否定しているから周りの人もちゃんと否定しているわけですね。
自分のことを肯定できている人はなにもしなくても周りの人はきちんとと肯定してくれます。
というのは自分でも信じられなかった。

舩越:いつぐらいから信じられるようになったんですか?

安部:最近ですよ。

舩越:去年とか?

安部: こういう風にしてたのがおととしだね。
こういう風に来てたのが、こういうカーブになってここから垂直ですよね。
僕いうからなんだけどオールアナッシングなんです。

肯定と否定は中間がないんです。

否定してそれそれでやっているかちゃんとやっているかどっちかしかない。
うまくいくかまずくいくか二択しかない。
世の中の人を見たときにうまくいってる人とそうじゃない人の二パターンしかない。
そこそこの人はいないでしょ?いないんですよ。
そこそこに見せている人はいるよ。

うまくいっている人と食事をするとわかります。
この人たちまずくなる、うまくいかないという状況を全く想像できていない。

反対にうまくいっていない人たちと食事をするとわかります。
この人たちうまくいくという状況を想像できていない。

人間経験がすべてです。
だからうちにきてゴロゴロしてほしいんです。
ゴロゴロしてるのに集客できている人いっぱいいるから。
まあでもゴロゴロしていてもいつもゴロゴロしているんではなくてしめるとこしめてるよってことなんですけどね。
ここまで話してどうですか?

舩越:結構最近そういうのは目にしたりするんですよ。

安部:目にするようになってきたでしょ?

舩越:ずっとそういう系のことは好きではあったから。
先生がやっぱり一番身近にいる人の中では一番。会った事のない人の言っていることっていろいろ言っているけど実感がない。

安部:全然うまくいってないのに書いている人いるからね。
 
一番あるのがこうしたらもてます、みたいな。
僕は結構意地悪だからそういうのかいてる男の人いたら会いに行ったりするの。
鵜呑みにしないほうがいいと思うの。
 
ほんとにうまくいっている人はそういう演出しないから。
そもそもほんとにうまくいっていることすら自覚がないと思うよ。
アピールしてしまうってことは必死なんだと思うな。
自己否定感情が強いまま、力ずくでうまくいっている状態。

舩越:あったら全然違う人もいる。 

見かけも全然違うし、書いてることがすごいけどあったらぜんぜん挙動不審とかちょっと人と話せない人とかいたりします。

安部:多重性人格障碍者これは人格障害者、ネット上で人格をつくりあげちゃう人。
 
僕よく言われるのが、本人のほうがだいぶましですねって言われる。
ネットのほうが印象悪いから。ずいぶんひどい人だと思われてる。
付き合っていくと意外といい人だよね。

舩越:先生はいい人ですよ。
  
安部:一応公開する前に見るんだけど、ダメだろってとこいっぱいあるんだけど、自分が偉大だなってとこはそのまま載せちゃうってとこかな。
 
だいぶ自己肯定感情高まるよ。

舩越:気にしているんですね。

安部: 思ってるよ。思っちゃいるけどそこであえて読書量、知識、ここで、これを出せないというのは自分が他人に対して強い劣等感、引け目を感じるっていう回路を持ってるからだから、
この回路働かさないで置こうかなと。

舩越:でも私もこの対談を公開していることは高まってますよ。自己肯定感。
 
なんでかっていうと私は基本人前で毒舌とか吐かないようにしてるんですよ。思っていても。
  
割と当たり障りないようにいうんですけど、まあそうじゃない方と話している、これを聞いたら気を悪くする方もいるかもしれないとかも。

安部:あ、そこはキーワードですね。自己肯定感情の問題でいうとそれで気を悪くした人、自己否定感情が強い人なんです。
 
つまり、自分がふつうにしゃべっていくことで、避けてくれるんです。
これすごく大事で、そこで気を使ってしまうと寄ってきちゃうんです。
そこで共倒れになります。

これ問題発言ですけど、安部塾で残っていける人はもともといい人ですよ。

まだ問題を自分で解消できていない人はやっぱりハードルって高くなってしまう。

うちのテーマは自分を偽ったら、流行りませんよ、人気出ませんよっていう。
   
例えばネット上で顔を出すのがNGっていうひといるでしょ、アイコンが風景になっている人。

人間だから誰かに対して否定的な感情を持つのはすごく当たり前だと思う。
僕は言われたとしてもなんとも思わないよ。
ほんとは言わないほうがいいんだけどね、相手のキャパシティーを考えると。

これ面白いんだけど、言語いじめってむりなんだよ。例えば年々後ろに髪が後退して、上から写真撮られたりしたときにあーはげたなあって思うじゃない?その時にはげはげっていうと、いやはげにはげっていうなってよくあるんだけどさ、いやはげだろって。むしろはげを周りがいわないようにおさえている状態ね、異常だよね。はっきり言ってあげたほうがどうどうとできるし。この差は大きいよね。

例えば女性だと太っている人が体型を隠す服を着たらもう魅力がないんだよ。

舩越:じゃあ体型をだしたほうがいいんですか?

安部 そう!開き直れるんだよ。
歌手のMさんなんかそうね。下手にダイエットなんかすると単に不健康になっちゃうでしょ?
やるなら全部学んでちゃんと変える。無理ならそれごと肯定してしまう。そうすると面白い。
 
肯定してしまうと努力できる身体に変わるわけだから、変わっていけるの。
ダイエットは何回も投棄するの。うまいやり方をさがしている。
   
ギャグみたいだけど、私は過去27回ダイエットに成功しました!なんていう人に会った時は腰が抜けたよ。要するに27回ダイエットに失敗したなってことにならないんだよねああいう人たちね。

舩越:なんか壊れてますね。

安部: 完全に壊れてるの。
 
まあ話ちょっと戻して、はげにはげって言っちゃいけない話で、自己肯定感情が高い人はおれはげなんだよねははは、ってなる。
 
自己否定感情が強い人はおれはげだから女の子にもモテない、仕事もうまくいかない、という話が始まるじゃない、統計を取ってみましょう、もててお金を持っている人ってもれなくはげです。どういうことかというと、男性が成功するためには男性ホルモンの適用と分泌とそれを受容する毛根が必要なんです。結果はげるんですね。

舩越:はげやすいってこと?

安部:でたまに毛根の受容体が、男性ホルモンに対してあまり感性が強くない人が、小泉さんとかそうなんだけどはげないんですよ。面白いですね。

舩越:白髪とかは関係ないんですかはげないけど白髪になる人。

安部:はげも白髪になります。はげない人も白髪になるんですよ。
   髪のボリューム。

僕はものの考え方をストレス掛からないようにしているとか女性性の肯定をするとかよくやってます。
僕が女性性の肯定をしようと思ったのは決して男の人が好きだからというわけではなくて、はげたくないからなんです。

はげになることは悲しいことだけど、僕がしていることは悲しいことだけど、でもだからと言ってそれを否定的に感じることはない。

自分の理想像と現実のギャップは悲しいんだけど、一方で肯定はできているわけだからそんな理想どおりいくわけないじゃん、理想通りいってなくていいよ別に、っていうのもある。

自己否定感情が強い人の中にね、同時に自意識過剰なのよ。
みんなが自分を見ている、というわけのわかんない意識があるの。何でそう思うかというとみられたいの、矛盾しているでしょ。注目を浴びたいけど注目を浴びている自分に自信がないから、これ地獄だよね。

舩越: ちょっと意味が??

安部:注目を浴びたいから自己アピールするでしょ、当の見せたい自分には全く自信がないわけ、否定しているわけ。
 
じゃあ注目を浴びたらひたすら恥ずかしいわけ、パフォーマンス出せないわけ。これ悲惨じゃない?

わかる?見てほしい、やっと見てくれた。でも余計恥かくだけみたいな。

舩越:なんで恥かいたんですか?

安部:僕じゃないよ、自己否定感情が強い人ね。
 
これでいうとあれ、三坂で泊ったじゃない?(下関リトリートのイベントで、先生が踊りを失敗したこと)あのときに落ち込むんだよ。落ち込んでいる理由が、落ち込んでるんだけど、ショックを受けいるんだけど、自分が出来なかったことに対してなんだよね。あそこで、どうみられるかで生きている人は、どう見せてしまったかで落ち込むんだよね。

これだいぶん違うんだよ。

たとえば僕が舞台上で失敗したら落ち込むじゃん、落ち込む理由が自分が失敗したことに対して落ち込んでいるんだよ。失敗したことそのもので落ち込むんだけど、否定感情が強い人は落ち込んだのが見られて恥ずかしいから落ち込むんだよ。
 
この違いは結構大きいかもしれない。

なかなか分かってもらえないかもしれない、それで落ち込んでいる人がいたりして、俺が落ち込んでいる理由がわかってもらえないから。

練習しなくても本番では必ず成功するっていう神話をもってたりするじゃん、その神話がもろくもくずれたときのこの感じなんだけど、
 
たぶん、見られて失敗した、恥ずかしかった、馬鹿にされたと感じた人はそこで落ち込んでいるんだよ。

舩越:先生も昔は、自己肯定感情が低いときは失敗したことを見られるのがつらかったんですか?

安部:だから表舞台に立とうとしなかった。

舩越:ああ、失敗したらいやだから

安部:よかったのが僕は自己アピールのほうが小さい頃強くて、問題点が自覚できていたからね。
アピールしちゃダメなんだって。

舩越:それはアピールしてたから?

安部:アピールしてこけていたから

舩越:どういうアピールしてたんですか?

安部: 結構うざいこと。子供の時に。まあ僕の育った環境で唯一良かったのが、アピールすることが嫌いな人たちの中で育っているから、それは今考えるとよかったのかもしれない。

そのあとは悪かったけど、社会でアピールしないと忘れられるんだよな。なぜなら自己肯定感情が低いままだったから。そこを何とかしてくれる人がいなかったんという悲しい状況ね。

まあアピールしなくてもいいということにたどり着くまでに何十年もかかった。

主に娘が生まれた瞬間に分かった。なんもアピールしなくてもかわいいやろ。

それから一緒に遊んでいるうちにいろいろわかった。

こうじゃないといけないといけないと思い込んでいたってこと、結構そうで、娘がいちいちルールを破るたびに怒っていたんだけど、冷静になって考えてみたら、それって自分だけのルールだよなって、
それに気づいてからはあとはよくなったけどね。

塾生さんによくいうんだけど、育てる立場になると勝手に高まっていく、自分に目が向かなくなる。
自分が自分がじゃなくてこの人がそもそもうまくいかないのはなんでだろうと相手中心に物事が見れるようになる。

ちょっとややこしいんだけど、自分の肯定感情を高めたかったら、相手を中心にものを考える必要がある。
 
こうすると自己否定感情が強い人は心配を始める、心配という名のコントロールを始める。
心配だからこうしなさいってね、親がよくやるんだけど。あなたのことが心配だからっていろいろやって子どものをダメにするやつ。あれを育てる立場になるときまたやってしまう。
   
余計なことはしないほうがいいよね実際、まあ僕も放っておくっていうことがなかなかできないんだけど。

放っておくのが一番成長する。情報は出すけど。

舩越:自己肯定感情が0か100しかないっていうのは・・・

安部:そうそう、否定か肯定のどっちかしかない。
 
イメージで行くとグー、パーンって感じね。
落ちる時もパーンって感じ。真ん中はない。

これは例えばね、誰かを好きになったときに似たようなことあるでしょ?
好きか嫌いかしかないでしょ?
なんとなく好きは好きなんだよ。なんとなく嫌いは嫌いなんだよ。

これは自分に対してもそう。自分のこと嫌いか、自分のこと好きか。

もっというと最近面白いなと思うことは、自分のこと嫌いだと思って言う人は世の中の誰とも信頼関係を築けません。
 
だって当の自分のことが嫌いなんだから、そんな自分が誰かのことを好きになるわけない。
だからよくいう、自分大好き人間になろうねって。

あの練習にまめに来ている人たち、みんな自分大好きでしょ?

うちの塾わかりやすくてね、自分大好きだから、自分の大切な時間を削ってまで余計な予定はいれなせん。

僕が忙しいのは、自分のしたい事やっているから忙しいんだよ。余計なことやって忙しいのではない、決して。

ときどき僕謎があるんだけど、インストラクターやってます、でも勉強する時間はありません、でもその分レッスン入れましたって。
 
ちょっと待とうかって、無責任じゃない?教える立場になる人間として、教える立場よりも学ぶ時間が多いんほうが普通じゃないかな。
 
例えば学びに来ました、あまりに自分が何も知らないことに打ちのめされて。

そこで二通りいるね。やばいって思って、レッスン放り投げて習いに来る人と、逆にレッスンのほうにまめに来る人。そうしたらまずいと思うんだけどと思うんだけど、そこでやっぱり肯定的な人なのか否定的な人なのかわかるよね。

もれなく逃げ出すと僕の否定が始まるんだけど、否定できんと思う。決してまずくいっているわけじゃないからね。そこそこ支持されていると思うから。

安部:僕、運勢学かなり習いに行ったの、どのようにして自分の運命を脳の立場から形成していくのか

舩越:それはいつ習いに行ったんですか?

安部:それは一番最初かな、30代です。

舩越:何で習いに行こうと思ったんですか?

安部:手相とは何か、っていう研究を僕ははじめたんです。
 
手相って脳の状態が手に出るんです。今も言うんだけど足の裏だとか、手のひらには自分が脳をどのように使っているのかが全部出ているんですよって。それを言っているのはそのころの名残。

これは迷信でもなんでもなくて、脳が自分をコントロールしているんだから、手の使い方、足の使い方がまんま手相になって反映されているんです。
 
だから手相なんて見なくてもいいんです。骨を見ましょう、手の動きを見ましょう、そうするとその人が何を考えどう生きているかがすべてわかります。
 
もっというと肩甲骨の動きでその人の自己肯定感情がすべてわかります。

ここまでいうと種明かしですね。    自己肯定感情が高い人というのは、ちゃんと腕をあげるときに棘上筋をつかい、ここのインピジメント挟み込みが起きないようにちゃんと情報回線を習わずにやってます。
 
 自己否定感情が高い人は腕を揚げるのにまず肩を上げ、腕をないせんさせて肘を上げ、こうやって耳に近づけて痛い痛いというんです。

 身体操作を学ぶと自己否定できなくなる、自己否定感情が高い人がやっている動作を全部排除すれば脳の機能はもう肯定することを選ぶしかなくなる。
 
  全て肯定した動きでいて否定的になれる?世の中詰まんないなあ、って思っている人もこうしてこういう動きをしているから世の中はつまらないんですよね。

とある塾生の友達に例のカレー屋さんで、食べていて、この世に肩がこらない人がいるのが信じられませんっていうセリフを聞いた時に、もう吹き出しそうだったのね。
 
ワークショップの動画を見たらわかるんだけど、こんな状態(姿勢をわざと崩して)で話し聞いてたの。何でああいう状態にしてるかっていうと相手と同じレベルに落とさないと話が成立しないから。  例えば、完全な身体操作をやった状態で話をすると誰もしゃべれない。まさに独壇場になる。 しかも相手の考えていることがわからなくなるんだよ、ちゃんとしとくと。

だからわざわざ相手と同じ動作を作ってどういう感情が生じるかを体感しながら話を聞いていく、そこから誘導しながら僕も直していく、いっしょに。  そうすると会話が成立しながらだんだんよくなってくる。

今日のテーマになるんだけど、自己肯定感情を高めたかったら、プロメテウス読みましょう。 あそこに書いてある、この筋肉は外転です、屈曲です、内旋ですその通りに動かしていくと脳が勝手に高まっていく。
 
 心理学の人たちのやり方を決して否定しているわけではないんだけど、回りくどいと思うの。
 そうじゃなくて結果からドーンと入ったほうが早いと思うの。

 例えば服、制服効果ってあるじゃない、仕事行くときに仕事用の服を決めておく。そうすると仕事モードになる、気分が切り替わる。
 
帰ってきたらスエットとかに着替えるとリラックスモードになるでしょ。
     
人間ってこっち(脳)で動いてるから、サイトに書いてありましたね、こういうことですよっていう動画が。僕の脳内ではあれが常に再生されているからね。
 
みんなどっかに問題があると思っているけど、ここしかないんだって、脳にしか。

ここから最適な作動をするように行動しようって、いうようになるそれが例えば正しい身体をつかう、服を切り替えるのも身体を使うのの一部だからね。これ簡単じゃない?

舩越:生話が変わるんですけど、今腸の勉強をしていて、そしたら脳は腸が独化したものですって書いてあって、  脳が死んでもいきれるけど、腸が働かなくなったら死にますって書いてあったんですけど。

安部 その人はね、まだわかってない。
腸と脳はどちらが死んでもだめです。一緒のものです。

舩越:わかりました。それでそういうのを考えた時に神経細胞の半分が腸にあると考えると、食べるってこともすごく大事なんだなって。

安部:呼吸もね。

舩越:脳と腸はどちらが重要とかがあるんですか?

安部:生きる力が肚。おなかの感情が、おなかのあたりと胸のあたりに宿る。

ドロドロした感情がおなか。インドの人が、うまく言ったんですが、「泥の中に一輪の蓮華あり」と泥がおなかで、蓮華が胸。 空海が蓮の花をもって説いてたお話。蓮の花は、泥の中に咲くでしょう?あれがありの心ですよ、と説いた。

頭は、何をやっているかというと、 「識別力」です。ヨガでいうところのリベーカですね。第三の目。そして、胸に愛が当て、おなかに感情があります。なので、この3つの働きが悪いと腰が痛くなるわけですね。

その下に、子孫繁栄の力「生殖力」があります。チャクラの話になってしまいましたけど。あれ、よくできてるんですよ。 

舩越:チャクラはあるんですか?

安部:あれば心理学だよ。正確には脳科学ですね。古代の。神経科学といったほうがいいかもしれません。神経の働きが進化上どのように分岐してきたか、というのを、古代のものすごく勘のいいおじさんたちが突き詰めた結果があれです。

ちなみに、仏教の心理学ですよ。唯識学という。無意識を発見したのは仏教の人たちですね。フロイトさんとかじゃないです。 金剛界曼荼羅ですね、空海の。あれが唯識です。

古代の宗教、特に仏教は、心理学と脳科学です。今でいう。僕でいうと、脳と神経の機能解剖ですね。それを、解剖ではなく、メディテーション、深い考察、直観によって得たわけです。

仕組みを知ると面白いんですよ。 機能解剖を勉強して、その基準でほかのことをやると面白いと思います。偏見がなくなるから。事実しか書いてないでしょ。

思い込みとか偏見というのも、自己否定が強い人は、ものすごい強烈なんです。

いっぱいあります。例えば、この前話した、牛乳有害論。「僕は、何歳から牛乳を飲んでないから健康だ、と書いてあって、本当に健康な人は、そんな主張をしないと思う。本当にた体調がいい人は、自分が牛乳を飲まなかったから健康なんて主張はしません。調子がいいから考えたこともないんだから。

これは、もてる話にも言えることね。本当にもてて きた人って、もてるっていうことの意味が分からないから。常に周りに女の子がいて、ちやほやされてて、当たり前なの。だから、もてない、っていう状況のほうがわからないのよ。

だから、わざわざこうやったらうまくいきます、とか、こうやったら何とかなります、って言っている人たちは、ものすごく自己肯定感情が低い人たちだよね。

だから、ヨガとか行くときに、「健康になりますよ」って言っているところは危険ってことだよね。健康目的で行くなら。よくわかんないけど、おいしいもの食べて、おしゃべりして、何やっているかわからない集団のところに行くべきだよね。

舩越:私も、自分のレッスンで、生徒さんたちが、「おしゃべりしたいんだなあ」といつも思います。

安部:そうだよ。脳の機能を整えるのに一番いいのは雑談ですからね。

あ、いい感じでまとまりそう。

自己肯定感情が低い人の特徴は、おしゃべりが本当に無駄なことだと感じるの。「人と話をすることなんて無駄」という発言が多いの。例えば、喫茶店に行って、あの金額払って、コーヒー飲むくらいなら、家で一人で飲むわ、って 、この発言にわたし自分のことが大嫌いです、というのが秘められているよね。

その逆に、「さみしいな、誰かスタバ行かない?」って言って、誰かが手を挙げて一緒に行くとすると、その二人は、自己肯定感情がすごく高い。

話をまとめると、おいしいものを食べながら、おしゃべりをするといいですよ、という話。

運動は、よく眠れるため、ごはんがおいしく感じれるためにやればいい。見た目を良くしたい、というのは邪道です。

僕は、ビルダーさんたちとも仲がいいし、モデルさんたちとも仲がいいけど、よく見られようと思っているビルダーさんってだめじゃない?とよく言うんです。

舩越:ボディビルの人たちは、何目的であれをやっているんですか?

安部:人によって違ってて、コンプレックスの跳ね返しでやっている人はだいたい身体壊してます。変身願望系はだいたい身体壊してます。生き残って行くのは、筋肉そのものがバーベルを求める人たちね。あれが好きでやっている人たち。 何の世界でもそうよ。

舩越:バレーボールが好き、とか、マラソンが好き、とか、ゴルフが楽しい、とかですか?

安部:これ、大事な話なんだけど、走ったら健康になると思っている人いるでしょう?それはちがうんです。走りたい人が走ったから、幸せになって、健康になっただけの話で、走りたくない人が走ると、けがのオンパレードになります。

例えば、料理をして健康になりますか?というとそうではなくて、料理をして楽しい人が料理をすると健康になる。みんな勘違いしがちだけど、一人ひとりみんな違うから。自分が好きなことなんて本人しかわからないんだから。

舩越:じゃあ、何をしてもいいから、好きなことをすればいい、ということですか?

安部:楽しいことをするためには、自分のことを好きじゃないと何が楽しいかわからないから、ここが大事かなと思う。自己否定が強い人は、心のどこかに、これをやったら変に思われるんじゃないか、という計算をはじめるの。

僕最近車を買い替えたんだけど、自己否定が強い人は、自分が好きな車を買わないもんね。そういう人は、人からどう見られるかで車を選ぶよね。家を建てるときもそうね。住みやすい家を建てるんじゃなくて、人から、ああいいな、と思われる家を建てるから住みにくいんだよね。

面白いなと思うのは、一事が万事、肯定できているか、否定してしまっているかの二択しかなくて、はっきり言えるのは、否定のほうで選択したら、全て間違っているということになる。一つ残らず。

でも、人間って、認知不協和っていうんだけど、自分が認めたくないことは、無理やりにでも正しいと思おうとするから、それを人に勧めだすの。自分が信じていないことほど人にすすめるよね。

うまくいくことっていうのは、例えば、ある女性の塾生さんだけど、あの人自身の体型がきれいになったことによって、問い合わせが一気に来ているわけ。なんにもアピールしてない。

本人が変われば、何にもしなくていいはずなの。アピールなんて。でも、自分が信じてないことを、調子悪いのにやってる人は、人に普及しだすのよ。これいいよ、って。いろいろアピールするんだけど、そんなのいらないんだよ。

僕は、告知すらろくにしない、と怒られてたんだけど、関係ないじゃない?どう思う?

舩越:先生はいいんじゃないですかね。わたしは、告知はします。

安部:告知は否定していない。アピールは必要ない。

舩越:アピールは苦手です。

安部:うっとうしくない? 何月何日にどこで何やってます。これが前回の写真です、というのはいいと思うよ。でも、これをやるとこんなに変わりました、みたいな、女性誌の広告的なのはいやだよね。

変わりました、って変わる前を全力で否定してない?僕は、変わる前の自分も好きなんだよ。ここたぶん大事かもね。今の自分を否定した上には何もないからね。

僕はこういうとらえ方なんだけど、うまくいっていないときの自分は、自分を否定していたからうまくいかなかったんだから、過去までさか登って、絶対にその自分を否定しちゃいけないと思っているの。否定していいのは母親だけだよ。

母親は否定していいの。でもそのうえで、許すという作業が必要だけど。だって自分自身だから。

途中雑談

人間生きていくためにはお金が必要で、アピールと告知の違いだけど、アピール(自己顕示)に振り回される、というのがまさに自己否定の人の特徴なの。自己主張ができる人は自己肯定感のある人なの。僕はこう思うんだ、と。自己顕示欲の強い人は、こう思って、と。違いわかる?

例えば告知って、僕、解剖学が大好きだから、ゴールデンウィークにマニアックなことやるから、というと、何人かは来る。いいのよ、それで。楽しくやれば。

たぶん自己顕示欲が強い人は、解剖学をやると、こんないいことがあるよ、人生変わるよ、とかやりだすの。行きたくない人からしたら、いやがらせだよね。

ジョークで誘いはするのよ、来ないとわからなくなるよ、とか。ギャグではやるけど、本気でそうは思ってないもん。困るのは相手だから。だって、僕の今の放出能力で今授業受けないって、おかしいんじゃないの?て本気で思ってるもん。たぶん僕はここからぼけていくから、今が一番能力高いからね。だから、今の僕の話を聞きに来ないのはもったいないよな、と思って話してる。

自己顕示と自己否定は同じものかもしれないね。

最初に思っていた、自己肯定感情の話と、今のギャップはどう?

舩越:自己肯定感情が持てない人はどうしたらいいか?こつこつやったらいつか自己肯定感情が持てますか?

安部:努力の果てにあるもので
はないと知ることかな。

舩越:それは、突然わかるものですか?わかるけど、人によっては時間がかかることですか?

先生も、ずっと自己肯定感情がなくて、いきなり持てたわけなんですよね?それは、どうやってですか? 

安部:勘違いに気づくのに、どれだけかかるかな、っていうだけ。勘違いが勘違いだとわかった瞬間いきなり全部わかります。 その瞬間、0からいきなり100になります。近道はないよ。

最短で行けるのは、一切人のせいにすることをやめるの。全部自分が起点になっていいことも悪いことも起こってるんだって、いう風に考える。自分の周りの出来事ね。世界まで広げるとよくわからないけど。少なくとも、自分の身の回りのこと、朝起きて、夜寝て、 起きてくることすべてが自分が起点に立って起こっていることを理解すること。

例えば、交通事故にあったのも人のせい、というけど、そうじゃない。すべて自分が考えて行動したことが起点になって起こっているから、事故に巻き込まれるなんてありえない。という風に考えると、ものすごく短い期間で自己肯定ができると思う。

自己否定する、ということは、すなわち他人を否定しているの、全て他人のせいだから。これは、この前話した、母親のせい=母親のおかげに転換しないと何も変わらないのと近いよね。
 
人のせいにするのをやめて、自分のせいにすると、全部自分のおかげになるから。自分がよく考えて行動したおかげでうまくいった、という風に考えるようになるといきなり自己肯定できる。

で、失敗したときも、自分のせいでこうなった、不注意だった、と思うと、人のせいにしなくていい。そうすると、最短で自己肯定できると思う。

ただ、自己否定が強い時は、不思議なことに全部人のせいに見えちゃうの。何もかもが。政治が悪い、社会が悪い、家族が悪い、会社が悪い、そういう人たちにできることは、自分はそうしないということだけ。

自分がそうしていなければ、そしてうまくいっていれば、人のせいにしなければうまくいくよ、っていうのをアピールしていればいい。

親に対する復讐のために自己否定する人もいるから、その無意味さも知ったほうがいいかもしれない。自分がうまくいくと、親の子育てが正しいことになってしまうから、自分はうまくいかないんだ、ていう信念を持っている人もいるからね。昔の僕みたいに。それにどこかで気が付けば、バカだな、って。

全く逆の発想で、自分の母親と仲良くするという方法もあるかもね。言いたいことをお互いいえる関係を築いていける。仲がいいていうのはべたべたじゃないよ、ののしりあえる関係ね、本音をぶつけ合える関係を築けるのも一つの方法かもしれない。

成功率は低いだろうけど、僕はそっちから入ったからね。まず、母親をののしることから始めたから。母親がごめんなさいと言えるようになるまで数年かかっているからね。たぶん、僕の自己肯定感情が高くなったのは、母親が僕にありがとうとごめんなさいが言えるようになってからだよ。ここで垂直上昇したから。

母親が堂々と言ったから、「やっと人に謝れるようになった、やっと人にお礼が言えるようになった」と。分析すると、僕は、母親のお父さんの役割をやってきたことになるよね。

行きつくところ、身内が、自分の遺伝子 が全てだから。全部自分のせいなんだよ、結局。だからって、それを否定する必要もなくて、そのベースの上に自分がいることを知って、自分を肯定していかないといけない。


だから、自分を肯定するという作業は、けして楽しい作業ではない。つらいところもあるかもしれない。でも、その先にしかないからね、楽しい世界は。

ぼくは、きれいな人とそうではない人の相談をどちらも受けるんだけど、

きれいな人は、最初いい目に会ってるから、落ちていく一方で意外と大変。

結局、人生、足し算引き算したら、平等だよ。

スタートが低いほうが、努力するからいいかもしれない。 

自己否定をやめていくと、差し引きはゼロのできるかもしれない。自己否定を続けるとずっと底辺のままだよね。 

終わり。

 今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。


舩越舞

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