日刊 舞マガジン〜世界の素晴らしいところをかぞえよう〜

福岡県古賀市の自宅で、生命保険・料理教室・身体の教室をしています。このブログを読んだ方が、世界のすばらしいところを数えるきっかけになれればうれしいです。私の家に遊びに来てくださいね。一緒に学びましょう。

2017年03月

世界の素晴らしいところを数えよう。

舩越 舞(ふなこし まい)ウェブマガジンへようこそ。

2015年の9~10月に、

わたしが学んでいる、

身体の学校 安部塾

の安部 吉孝先生と5回にわたって対談しました。

文字をリンクすると動画が見られます。

① 心と身体の不思議な関係

② 壊れた脳とその修復について

③ 自分をさらけ出すと世界が変わる

④ 食べるということ

⑤ 自己肯定感を高めるには?


わたしにとって、とても貴重な対談ですので、

今回、YouTubeにアップしている対談を、

自分の勉強と皆さんにシェアするため、内容をまとめることにしました。


 1回の動画が約1時間です。

文字にすることで、

何度も気軽に読み返すことができ、

理解が深まるのではないかと思いますので、

動画を見られた方も、

動画だとなかなかまとめている時間がない方も、

など、活用していただければうれしいです。

動画の内容を理解していただけると、

人間の心と身体の仕組みの理解が深まり、

皆様が望む人生を送ることに大変役に立つと思います。

わたしのレッスンでも、この動画で先生がお話されている内容をベースにお話ししています。


 なお、内容は、読みやすいようにある程度対談の内容を修正しています。

今日は、

自分をさらけ出すと世界が変わる。



安部:安部吉孝先生
舩越:舩越舞

安部 ということでテーマは自己開示です。自己開示して自分を磨きましょう。

安部 タイトル見てどう思った?

舩越 ちょっとやりたくないかなって思いました。

安部 なにがいや?

舩越 私は自分を人に見せることはすごく怖いです。でもそれはずっとそうだったし、
今でもなかなか見せれてないなと思います。
   
でも、私が先生の所に来た理由は、そういうことを自分の人生のテーマだと思っていて、
心と体の関係が知りたいとずっと思っていて、
 
それで「股関節・感情」というキーワードで調べて、先生のブログに奇跡的にたどり着いたと思うんですけど、
   
今、心と身体の関係がいろいろなところでいろいろな人が言われているんですけど、
自分が納得できるようなものがなかったのでずっと探していたんです。
   
始めて先生のブログを読んだときに
 
感情の解放と股関節の解放は、絶対同時に起こる例外はない

って書いてあったんですけど、それを見て、この先生に話を聞きたいなと思って会いに来ました。

安部 逆に、今さらけ出せる部分、出せてるところはどんなところ?どんな自分がさらけ出せている?

船越 うーん・・・そうですね・・・どういうところが出せている・・・

安部 こう考えたらいいんだけど、自分の人間の中にいくつも人格があるの。

で、もしかしたらもともとの人格なんてなかったのかもしれない。もしかしたらね。
自分がこれを自分と思っているだけで、実は知らない間に、意識を失っている間に知らない自分が出てきているのかもしれない。

もしかしたらよ。記憶が残っていないだけかもしれない。という前提の中で、たくさんいる自分の中で、どんな自分がさらけ出せている?

舩越 どんな自分?
 
安部 まあでも、自分から見て自分じゃない自分っているじゃない。
 
例えば社会用の、社会に生きていくための自分、偽りの自分、じゃない自分の部分で、素が出せている、素を全部出しているんじゃなくて、素の自分の中からどっかピックアップして出せていると思うんだけど、少しなりと。どんなところが出せている?

舩越 出せているところは答ええられないんですけど、どういうところが出せてないと思うかというと、質問されていることに対してパッと答えることはできない。
  
例えば、何か聞かれて頭の中でものすごく高速でいろんなことを考えて、自分も相手も悪くないみたいなところで答えを出すという思考回路

安部 落としどころを見つける?

舩越 それが私という感じがあります。

安部 まあでも、社会的に必要なスキルというか能力必要なものだね。

舩越 あとは自分が何か言われたりしたときに、何か思っても絶対にすぐにそれを出したりはしない。
基本的にはほとんどしなくて、それを思ってても、相手との兼ね合いを考える中で、その中で話をするっていう。

私、メールの返信とかでも絶対すぐに返すことってほとんどなくて、けっこう2日くらい寝かせたりとかはするんです。即答できることだったらいいんですけど、そうじゃなかったら1日2日寝かさないと答えられないという感じ。

安部 まあなんともいえない、直情的にラリーをするのがいいのか、うっかりキャッチして確かめて返すのがいいのかっていうのは正解はない。

ただ一つ言えるのが小胸筋とか反応するよね。即答しないと。抱え込む動作って。

これがわかりやすいんだけど、脳内でやってる受け止め方相手の言葉とか態度の受け止め方がそのまま筋肉に反映されると考えたらわかりやすいかな。

意見を受け止めたい人は腕を組んで一回一回受け止める。

拒絶する人はこうやってる。

同じ組む様な感じで、受け止めている人と拒絶している人でどちらも腕を組んでいるんだけど、最初の脳内の状態が違う。

(見ていると)体の関節、肩がわかりやすい。首とか見ていると拒絶型の人は耳をふさごうとしている。
 
下手すると実際にそうやっちゃうけど人の話聞きたくない人とか、そういう筋肉のパターンになる。

ちょっとテーマから外れてしまうかもしれないけど、自分をさらけ出すというのはもしかしたら相手に対してというより、自分に対してかもしれない。

自分がどういう受け止め方をしているか、世の中というものを、自分が外の世界をどういう風に見ているかという脳の在り方がそのまま筋肉に表れている。

逆に言うと僕の中では相手の筋肉のパターンをぱっとみれば、その人が攻撃的なのか、防衛的なのか、自分を偽っているのか、素で生きているのかなんてのは簡単にある程度分かる。

でもっというとわかりやすいのは整形をする人ね。整形をするって事自体が今度は物理的な力で自分を偽るわけ。
   
あとは無理やり表情を作る人。これは思考の力で捻じ曲げるやつ。本当であればここで感じたことが素で出てくるっていう、体の各関節ね。表情筋も関節の賜物だから、頭蓋骨って全部動くからね。
   
そう考えていくと、どう自分が世の中を見て生きているのかがそのまま出てくる。

関節の開放をしていくっていうのは自分が感じていることをそのまま受け取るという話で、決して対相手という話では本当はない。

さっきの話の流れだとそのままは出しませんという話だけど、それはそれで自覚できていれば問題はない。
   
ここ結構勘違いされるんだけど、さらけ出すというんでわけのわからないアピールする人いるでしょ?
本当にさらけ出している人って何も変わらないの。要するに本音を言うようになるわけだから。ちょっとあなたと違うような計算をしなくなる。
   
もっというと世界に対する信頼感がないと本音は言えないわな。自分の身の回りへの絶対的な信頼感がないと本音で語れない。周りが全員信頼できる人でないと本音は語らない。
 
でそうすると関節がこわばる。筋肉もこわばる。どこの社会に属しているかがその人の筋肉の状態を見れば、この人が本音を語れない環境に属しているんだなっていうのが
   だいたい推測が出来ますよね。

舩越 実は今日聞きたいことがあって、

それは今例えば先生のレッスンでは関節を解放する話をしていると思うんですけど、
関節の開放の練習はそうやってしていけばいいと思うんですけど、
感情の開放の練習はどういう風にしていくんでしょう?

安部 ああ、これはうちの塾の胆の話で、まだ実は講座では全然話してないんだよ。
 
関節の開放自体が、感情の開放だよ。
物理次元での関節の開放に力ずくじゃないやり方で成功すれば感情も同時に開放できますし、
こんどは感情の現実的な行動で解放できていれば、同時に関節も勝手に解放される。

要するに物理次元からやっていっても、フィジカルエリートってよくいうんだけど、
フィジカルエリートになるっていう方法がひとつ、これで感情の開放ができます。
同時にメンタルエリートになっても感情の開放ができます。

できれば、メンタルとフィジカル両方からエリートになると確実です。

こういうこともあり得ます、力ずくで関節を解放したら感情が崩壊することがあり得ます。
力ずくね、心がぎゅっとこわれます。

逆に心を無理矢理解放すると関節が壊れます。ゆるくなりすぎたり、きつくなりすぎたりします。 

だから、優しいやり方っていう表現しかないんだけど、ソフトランディングってやり方がスムーズに、無理の無いやり方、きわめて自然、当たり前のこういった会話の中とかいつもやっているこういう動きで解放されると大丈夫なんです。

でもぐいぐいやるやり方、力ずく、ハイスピードなやり方では双方壊れます。
だから、メンタルサイドからいったら崩壊、無理やりやったら崩壊する。
先に心が壊れるんですけど。
フィジカルサイドからいったら関節が先に壊れる。
そうなると視野が狭くなるので、それを信じるために布教をはじめます。
自分がやってることを正しいと信じるために人にごり押しをはじめます。

本当に正しければ、変わったその人を見て、なにやったの?って教えてっていうのが自然が流れ。
  
話を戻すと普段やってるこういう動きなんていうのはこれ自体が感情の開放。
その証拠に感情の開放をしたくない人は練習しないでしょ?
まさにメンタルブロック。

これをばかばかしい、こんなのが聞くわけないって思う時点で、
実はブロックがかかっているんですね。
これが出来る時点である程度感情の開放ができているからあの楽しい雰囲気があります。
ちょっとややこしいんですけど、僕はある程度ハードルをあげています、
仕事でやっているので、いっぱい来られても対処できないでしょ?
 
だからこういうばかばかしいことをセッティングで置いておけば、
ばかばかしいけどめっちゃ効果ある事をセッティングしておけば、
相手がそれを本当に求めている、関節の開放と感情の開放を本当に求めていれば、
それを簡単に乗り越えて無理やりにでもきます。
  
でも、例えば誘おうとしますけどやってることがこれならまあ帰りますね。
すごいことをしないと自分は変わらないって思いたい人、よくいうでしょ?

人ができないこと、特別な何かをしないと関節とか感情が解放できないと思っていると、
簡単なことをしたがらない。
わかるとおもうけど年々簡単に、単純にしていってる。
 
そうすると相手にとってのハードルはどんどん上がっていってるけど、
それをばかばかしいと感じずにやれるかどうか?
そこがもう関節をなんとかしようという時点で感情の開放ができている。
最初の一回転目を転がせばあとは雪だるま方式なんですよ。でもそれを転がすのは本人。

僕よく言うけど、広告しないのは、告知はするけど、
広告はしないのは広告をしてしまうと僕が転がすはめになるので、面倒くさいでしょ
でも相手が転がり始めたのを僕がただ背中を押すくらい。

最初の質問のこたえでいうと、感情を解放する方法をメンタルで行くのはすごく面倒くさい。
ややこしい。

でも、中心の軸をちゃんと作って軸を感じながら、
脳の状態を一番よくしてその状態で感情を動かしていくのはすごく簡単です。
だれでもできる。
僕はこっちを選択している。
 
会話でこれはこうしたほうがいいっていうのは面倒くさくない?
でも例えばディスクかなんかなって、だれでも簡単に理解できるでしょ?
やらないと身につかないでしょ?

でも一番大事なのはここで、やれなくていいんです。
ディスクに沿ってやろうとすること自体が解放でしょ?
解放できていないとばかばかしいっていう感じしかしないでしょ?
 
舩越 実際にこういうのやっていたら感情があふれ出してきたみたいなことでもないってことですか?

安部 加速します。
例えば別に好きでもない人にご飯作って、おいしいって食べてくれたら好きになりません?
そこで会話をしててすごくたのしかったらもう少し好きになりません?
よくいうんだけど人間の気持ちって好意で動いているんです。
インドのいわれでカルマっていうんです。
自分がどういう行動をとったかで思考がかわります。
    
世の中の人を好きになりたかったら、誰かの世話をすればいい。
喜んでもらえたらますます好きになる。
経験していると思うけど。
他人の世話をしない人ほど他人を嫌いになります。
    
話それるけど、集客成功できている人は他人の世話を積極的にしている連中ですね。
集客に成功できてない人はとにかく自分をわかってほしい、
認めてほしいとアピールするひとたち。
全然集客できてないでしょ。うちの塾その辺の明暗がはっきりしてる。
例えばイベント企画して集客します、誰かの世話をします、そうするとね、楽しいと感じる。
なんか自分がかかわったことで人が喜ぶから。
そうすると加速、感情の開放の加速。
感情の開放つまり関節が解放できたものにしか集客ができないんですね、
フィジカルな世界って。だから、結果が全てということ。
自分がやっている行動(行為)が思考を変えますよ、ということ。他人に対する目とかが変わるよね。それそのままも、横滑りで感情解放できるでしょう?信用できる人たちが周りに集まってくるの。その最初の一転がし目は自分しかできない。誰もしてくれないんですよ。ここで、罪悪感がどう、とかいう話にはなってくるんですけどね。自分なんかが、って思っている人間は他人の世話なんかしませんからね。

誤解があるんだけど、と媚びを売ろうとする(うに気に入られようとする)のは、全然世話してないですからね。

世話をするというのは、他人の幸せのために貢献する、ということです。人間は、人が幸せになっている姿を見ると、脳内では、自分と他人の区別がつかないんです。だから、自分が幸せに感じちゃうんです。つまり、どこまで行ってもエゴイズムなんです。で、それを自覚したうえでやっていくというのがポイントですね。

舩越:さっきの話の中で、無理やり関節を解放しないほうがいいっていう話があったと思うんですけど、ここ1週間、練習をていねいにやる、ということを心掛けたんですが、すると、小さな動きしかできないんですよ。

安部:ぼくはよく、乱暴に動かしている人に、「乱暴者」って言っているんだけど、乱暴者に繊細さは身につかないからね。繊細であろうとしたら、当然動きは細かく、小さくなっていきます。 

舩越:わたしは、以前フェルデンクライスメソッドを勉強していたので、小さい動きのほうがいい、という のは知っていたんですけど、安部先生のところで、ヨガっぽいことをしたりすると、力が入りすぎてしまったり、、、、。

 安部:自分が目指す理想の姿を目指すと、動きが雑になります。今現在の自分に何ができるかという視点で行くと、動きがていねいになる。

身体を壊す人には特徴があって、理想と妄想を勝手に膨らませて、 目標設定するの。それと今の自分を比べて、今の自分はダメだから、ここまで跳ね上がらないと、って考えちゃう。これ、ずーっと苦痛だからね。

これに対して、今の自分に何ができるかを分析して、今できることを積み上げる人は、ずーっと幸せなの。

これもさっきの集客につながってくるね。今できることを積み上げてる人は集客できてるの。アピールしなくても。でも、目標設定して、先生なんだから、これくらいできないっと、ってやってる人たちは、自分の設定した目標に達するまで何もしないからね。ということは、この人は、永久に自分の目標まで到達できないからね。

山登りに似ています。目標を見て登るのではなくて、ルートを確認しながら、迷わないように一歩一歩登って行って、ふと気が付くと頂上なの。

例えば、霧の中登ろうとしたら、ピンクのテープがあるんだけど、それを一本一本見ながら、迷わないようにいけば、そのうち、頂上に着くの。

でも、目標を目指す人たちって、やみくもにまっすぐそこを目指すの。当然そこに道なんかないから、迷います。

だから、理想の自分っていうのを想定してはいけないの。そんなのないんだから。なりたい自分なんて本当は存在していないの。やりたいことはあるよ。やってみたいことはあるけど、なりたい自分なんて本当は存在しないの。

もし仮に、なりたい自分になったら、とてつもない虚無感かな。やりきれなさが残ると思う。だって、自分じゃない自分になっちゃうわけでしょう?

ここ、なかなかわかってもらえないことなの。でも、コツコツアピールしていっているところ。

舩越:ていねいに動く、というところに戻るんですけど、最近、解剖学の本(プロメテウス)を見ながら動くのが楽しいな、と思うようになりました。今までは、そんなことはわからなくてもいい、って思っていたんですけど、いまは、わかりたい、と思います。

安部:「わからくていい」っていうのは、本当の自分の気持ちではないわけ。関節や感情を解放できたので、「わかりたい」っていう気持ちを認められるようになったわけ。本当は、わかりたかったはずなの。想像だけどね。

舩越:昨日は、時間があったので、一人で解剖学の本を見ながら、筋肉や骨を見て、確認しながら動かす、っていうを何時間かやっていたんですけど、身体の変化をすごく感じました。

安部:僕が通ってきた道です。僕は、だれにも習っていない、誰かの動きをコピーすることはよくありますけど。僕は誰にも習いたくなかったの。だって、みんな思い込みで動いていると思っているから。プロメテウス(解剖学の本)もある意味思い込みだけど、機能解剖や解剖って、思い込みがあっても、データですからね。取扱説明書というか使用説明書というか、身体の扱い方が全て書いてある。だから、あれが読み解けるのであれば、どこにも習いに行く必要がないと僕は思う。自分の経験を通じて。

僕は、人のいうことを信用しない。なぜなら、その人が調子が悪いから。本当に調子がいい人って何人かしかあったことないです。今までの人生で。

でも、解剖学の本に書いてあることは、単純なんです。こことここがこう近づくと、こういうことが起きますよ、個々の筋肉は、ここから始まって、ここにつながっています。これが縮んだらどうなるんでしょう、っていうクイズ形式ですよね。それを自分で確認しながらやっていけば、これは正しい、これは間違っている、これは楽だ、っていうのが、どんどん落とし込んでいけるでしょう?

舩越:その楽しさが、やっとわかりました。筋肉の名前とかは、レッスンで勉強しているので、覚えてないけど、名前は知っている。だから、勉強を始めると、どんどん覚えられる。だから、数日で結構覚えられました。今まで、先生がおっしゃっていたことが自分の中でつながっていって、応用できるようになりました。

安部:門前の小僧、習わぬ経を読む、なのよ。わからなくてもいいから、とりあえず参加してほしい、というのはそういうことなのよ。出席していないとなにも変わらないよ。あなたは、寝っ転がっていたし、向こう向いてもいたけど、とりあえず参加していたから、耳には入っているのね。それ全部無駄にはなってないはずなのね。一個一個の積み重ねという意味で。なんでもいいから、とにかく、練習を積み重ねていく。うちに来なくてもいいから、解剖学の本を、一日1枚でもいいから、開いていれば変わる。 これ、1枚1枚 開といている間に、感情が解放されていると思って。そしたら、楽しくない?

舩越:楽しいです。例えば、簡単に手を動かすエクササイズや、足を動かすエクササイズを時間が空いた時とかに、解剖学の本を見ながら、筋肉や骨を図を見て確認して、実際に触ってみて、動かしてみて、これを繰り返すと、きっと、身体がいつか3Dで見えるようになるんだろうな、と思います。今度3Dの解剖学アプリを見せてください。

安部:わかりたくないレベルで止まっている人は、いいんだけど、人生短いじゃない。そうすると、年々僕らの頭って、衰えていくじゃない。だから、早いほうがいいと思っているの。できれば、乳児から幼児のうちに理解しておけば、その後の人生は楽しいよ。

僕は、そこを空ぶってしまったから思うけど、早ければ早いほどいい。身体の仕組みを知っていれば、年をとっても楽しめたはずなのに、それをしていない人が多くて、とても残念に思う。あとは、感受性を高めておけば、もっと楽しめたかもしれないのに、もったいない人が多い。

自分は、年を取っても楽しみたいから、身体の動かし方から始めて、脳を書き換えていきたい。そして、一緒に書き換えていっているのが、安部塾の塾生たち。一緒に書き換えるのが楽しい。

舩越:わたしも、人のことを信じないほうなんですけど、先生がおっしゃっていることですごく納得なっだのが、脳を書き換えるということです。

安部:例えば、精神科医療って、薬物でわからなくするじゃない?脳を書き換えるのではなく。そうすると壊れるよね。運動で書き換えるのが一番じゃないかと思う。特別な動きではなく、正しい動きで。細かな正しい動きをしている人は落ち着いている。

究極は、ただ座っているだけとか、日常の作法しかしない。掃除やったり、ご飯作ったり。だから、専業主婦って禅のお坊さんだよね。だから、昔の専業主婦ってお坊さんの雰囲気が漂ってたよね。だからみんな一目置いてたっていう部分がきっとある。今は権利ばかり主張するけど、本当は、行動を見て、背中だけで説得力があるというのが、本来のあるべき姿だと思う。

 ちょっと中断

安部:ちょっと誤解があるんだけど、例えば、股関節に感情がたまるわけじゃないの。股関節をつかさどっている神経がつながっているのが脳のある部分で、感情をコントロールするところと、関節をコントロールするところが一緒なの。だから、関節の状態と感情の状態が一緒になっちゃうの。

脳がそういうプログラムになっている。感じていることを筋肉に反映させるプログラムになっていて、筋肉に反映された情報が感情を生み出すというちょっとややこしいプログラムになっている。ずっとこれがぐるぐる回るようになっている。

ここに介入するやり方が 2つあって、①考えながら動く、自分の意志で身体を正しく動かす。ということ。これは、激しくやってしまうと、脳の回路が書き換わらないだけでなく、データが壊れてしまう。

わかりやすく言うと、激しく動くというのは、SDカードを読んでいる途中にいきなり抜いているようなものだよ。正しい宇あり方としては、まず、ファイルを開く。ファイルが壊れています、と出たら、これを修復しなきゃ、で、修復、だと大丈夫。

それとか、パソコンで処理中に新たなコマンドを次々に打ち込むようなもの。処理しきれないでしょう。それがうつの状態。少し休ませないと、っていうことかもしれない。

でも、その時に、パソコンだったら、メモリとかCPUの性能をよくしてあげれば、もしかしたら、サクサク動くかも。ハードディスクがいっぱいになったら、SSDにつなげばサクサク動く。

みなさんには、関節の機能を良くしたら、もっと脳が楽になりますよ、ていうおススメをしています。

人間って、すごいテクノロジーのかたまりだから、機械と同じように考えていいと思います。人間は機械じゃないってよく言うけど、ものすごい精密な機械だと思っている。いずれAI(人工知能)が追いついてくる。感情を持った人工知能が出てきたときに、人間って精密にできているな、と改めて人間のすごさがわかると思うのね。

舩越:前回、脳と身体の部分が同じ、という話をされましたが、その意味が納得できたような気がしました。 わたしは、関節に実際に感情がたまっていると思っていたので、それで、「股関節、感情」で検索して、安部先生を見つけたのですが、

よく、内臓や関節に感情がたっているという話を聞いていたので、わたしはすべての関節が硬いからどうなんだろうとか思っていたんです。

安部:解放というと、日本語としてわかりにくいかもしれないので、わかりやすい言うと、表現と言ったらいいのかもしれない。「股関節に表現されていない感情が反映されている」と言ったらいいのかな。外に向かって発信していない感情が次々に関節を固めていきますよ、ということ。

これ、表現の仕方を間違っていいる人たちは、関節がゆるゆるになります。脱臼したり捻挫したりします。

関節が硬すぎるのも、緩すぎるのも、自分に軸がないの。自分に軸がない人って、誰かが助けてくれると思っているでしょう?だから、出てくるのは、不満ばかり。誰が何してくれない、とか。 国が面倒見てくれない、旦那が面倒見てくれない、とか。悪いのは、全部他人になっちゃうの。

でも、軸が自分にあると、その人の問題は、その人の問題、 自分の問題は、自分の責任。そして、双方に問題がある場合は、連帯責任。というように、ちゃんと区分けができていく。

これがすなわち、関節が健全に動いていく、っていうことにつながっていく。これがなかなか分かってもらえない。エクササイズとか、身体を動かしていく中で分かっていくことなので。こんな風に、話をしただけで分かるような性質のものではないというのはわかるよね?

舩越:私も、レッスンを受けていく中で少しはわかってきたのかなあと思います。

安部:結局は、他人があなたの身体をあなたの代わりに動かすことはできないよ、あなたの身体はあなたが動かさなければいけない。マリオネットではないんだから。背中は見えないから、あなたの身体はこうなっているよ、という情報を与えることは周りの人ができます。誰かに触られたことで、自分の身体がこうなってるんだ、と自分で気づく可能性が出てくる。

他人の存在っていうものは絶対的に必要なんだけど、でも、依存はできない。共生はできるけど、依存はできませんよ。協働(協調けど的に働く)っていうことはできるけど、どっちかが、おんぶして、どっこいしょ、というのはできない。

昔、先生、という言葉にものすごい抵抗があったの。でも、あれを「先に生まれた」と読めば、師匠ではなくて、 自分のほうが先に気が付いた、という意味で。安部塾的には、「先に生まれなおした」っていう。そして、「先に生きなおしてる」っていう。

僕は、自分の人生の最初何十年全否定しているからね。わけがわからない、っていうことを理解するための何十年。そこから全部書き換えている。 今までをなかったことにする。人間の脳って都合がいいので。そういう準備期間だった、っていうこと。

舩越:わたしも、毎週レッスンに通っているんですけど、毎回、わたしの練習は全て間違っていた、と思いますべt。今まで、何やっていたんだろう?って。

安部: これ、観察してほしいんだけど、具合が悪い人は、自分の正しさを証明しようとするから。調子がよくなる人は、修正しようとします。自分は、根本から間違っていると思えない人たち、そういう人たちは、うまくいきません。そして、助けることもできません。

「どこが間違っているがおしえてください?」と言われたら、「すべてまちがってい ます」ということができます。でも、それを言われると、バカにされたと思う人がいます。これは、自分で自分のことをバカにしているとおもっている人たち。自分が間違っていると思える人は、自分の可能性を信じている人たち。僕は、自分で何がわからないかをわかっている人たちに教えていきたい。何がしたいのか?どうなりたいのか?は自分で考えないといけない。それを自分でしてくれれば、補助はできる。

そのための勉強をやっているわけ。こだわると、損だと思う。 うまくいかないから。

舩越:先生のこだわらないところはすごいと思います。なかなかいないと思います。

安部:ぼくは、「こうしなければならない」とこだわって い生きている人たちの大変さを見て育ったから、自分は、こだわらないで生きよう、幸せに生きていきたいと思った。だって、人から良く思われても、全然幸せじゃないのよ。自分じゃない自分を認められても仕方がない。

自分がしたいようにしている状態で評価されないと意味がないじゃない?したいようにしていたら、評価なんてどうでもいいじゃない?

面白いことに、ちゃんとやりたいことをやっていると、ちゃんと仕事として成立するのよ。高校の時、「体の操作の仕方でご飯を食べます」と言ったら、誰一人賛同してくれなかった。22歳くらいの時に、ぼくが、先生と呼ばれ始めた時、周りの人は「おかしい」といった。それから何十年かたって、それがみんながいろいろ聞きにきたり、習いに来るようになった。

でも、その時、周りの人に恵まれていたら、ここまで行動するバネにはならなかったかもしれない。
認めてもらえなかったことをエネルギーにしている。

舩越:わたしも、子どものころから、運動が苦手だったり、身体が思い通りに動かないかったから、身体のことを知りたい、勉強したい、と思うようになりました。

安部:実は、フィジカルエリート、イチローさんとか、 も、あなたみたいな運動音痴の人も、同じ結論に達するの。細かい動きが大事だとかね。たぶん中途半端にできる人は、何もできないまま年を取る。勢いでできちゃうから、何も身につかない。

関節の解放のチャンスがある人は、すごく動ける人か、動けない人。うちの塾は動けない人が多いから、彼らは可能性があると思っている。なぜなら、僕がする説明を事細かく聞いてくれるから。できる人は、バカにしてきいてくれない。でも、簡単な動きの中に秘められた、運動連鎖などを探求するととても楽しい。

舩越:わたしは、ほかの人ができることができないので、でも、だからこそわかることがあるかも?と思うこともあります。

安部:発明家って小学校の頃の勉強できない。アメリカの成功した実業家って、発達に問題がある人もる。一般的であることのデメリットもある。子どものころ、認めてもらえなかった人たちが、大人になって輝くこともある。人ができない見方ができる、ということは、長所になる。

身体が硬くなるというのは、自分でものを考えなくなる、ということ。自分で自分の責任の下で考えて行動する、というのが、関節の解放そのものだから、感情を解放しても、何も変わらない。日々の行動が楽しくなるだけ。

舩越:言葉だけ聞くと、感情の解放、というのは、ワーッと叫ぶ、みたいなイメージがあるのかもしれませんね。

安部:日々がただ、充実していくだけのことね。僕の身体は、トレーニングで柔らかくしてないから。自分の身体に関心を持って、一個一個の筋肉をちゃんと動かすことと、感情の解放で身体を作っているから、全然体型も違えば動きも違う。ヨガの動きも、違うやり方でやれてしまうの。フォーカスしているところが全然違う。

僕は、柔軟すぎる体や強すぎる体は求めてなくて、死ぬときに、ああ、いい人生だったと思いたいだけなのね。うちの塾生さんはそうあってほしいと思っている。

じゃあ、今日はこれくらいで。

(終わり)

今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。


舩越舞

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福岡県古賀市青柳2672
fmai6099@gmail.com



おいしい、楽しい学びの講座スケジュール2017年3-5月


 


世界の素晴らしいところを数えよう。

おはようございます。

日刊 舞マガジンへようこそ。




 「わたし、なんで急いでるんだろう?」


最近、ふと気が付いたのです。

なぜだか、いつも急いでいるのです。


例えば、

ご飯を作ったり、

お風呂に入ったり、

掃除をしたり、

そんな、毎日の普通のことでさえ、

「ちょっとでも早く終わらそう」

そんな気持ちでしていました。


「なんで急いでいるんだろう?」

と考えてみました。


それは、心の中に、

「時間がない」

という思い込みがあるからでした。


これに気が付くと、自分でおかしくなりました。

もちろん、本当に時間がない時もありますが、

ほとんどは、時間はあるんです。


それなのに、

時間はないもの、

と勝手に思い込み、


時間を少しでも節約して、

時間を生み出そう、と考え、

いつも焦っていました。


そんな自分に気づいたとき、

おかしくて、笑ってしまいました。

勝手に一人ドタバタ劇ですよ!


時間を大切にできるようになったと思っていました。

時間については、こんなに記事書いてきたんです。


ながら作業は時間の浪費

「今ここ」がなぜ大切か?

今を生きるということ

時短したいことなんてやめてしまえばいい

 
人は、気づいていないことは修正できません。


わたしが、本当にしたいことだけをやっているのなら、

今していることをていねいにやるはずだし、

急がず、もっとゆっくり楽しむはず。


わかっているつもりだったけれど、わかっていなかった。

わかっていたらできるんです。わかっていないからできないんです。


3歩進んで二歩下がる、わたしの歩み


ゆっくり、ゆっくり進んでいきます、、、、、。


こんなわたしと一緒に学びませんか?

わたしの家に遊びに来てください。

今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。


舩越舞

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世界の素晴らしいところを数えよう。

おはようございます。

日刊 舞マガジンへようこそ。


今日から、ブログタイトルを変えました。

日刊 舞マガジン~世界の素晴らしいところを数えよう~

です。

名前が変わるだけですが。

毎週お届けしているメールマガジンも、

週刊 舞マガジンに変わります。(名前が変わるだけ)


同時に、月刊 舞マガジンも4月号から配布します。

わたしとお会いした方は、ぜひもらってください。


4月中の完成を目指して、年刊 舞マガジンも制作中です。

予定としては、4月中にLINE@と舞ちゃんねる(動画)も始めます。


自分メディアがこんなに手軽に作れて、

自分の思いを発信できる時代に生まれたことに感謝しています。


舞マガジンが届いた方が、

世界の素晴らしいところを数える

きっかけになれたらうれしいです。


わたしが、今までたくさんの人たちに励まされてきたように、

この舞マガジンが誰かの元気のきっかけになればうれしいです。


いつかあなたとお会いできればうれしいです。

わたしの家に遊びに来てくださいね。

そして、一緒に学びましょう。
 
今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。


舩越舞

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fmai6099@gmail.com



おいしい、楽しい学びの講座スケジュール2017年3-5月



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動画を見られた方も、

動画だとなかなかまとめている時間がない方も、

など、活用していただければうれしいです。

動画の内容を理解していただけると、

人間の心と身体の仕組みの理解が深まり、

皆様が望む人生を送ることに大変役に立つと思います。

わたしのレッスンでも、この動画で先生がお話されている内容をベースにお話ししています。


 なお、内容は、読みやすいようにある程度対談の内容を修正しています。


今日は、

② 壊れた脳とその修復について 



舩越:最近先生がレッスンっで、「脳が壊れている」というお話を良くされているので、今日は、「脳が壊れるとはどいうことか?どうやって修復するのか?についてお話を伺いたいと思います。

安部:(足の模型を持ってきて)例えば、つい最近まで、膝が痛いのは、ひざが悪いと言われてきました。たぶん、膝が悪い人は、迷うことなく整形外科に行くと思います。というのが、今までの常識

おそらく、今後は、頭の中の情報を書き換えるという方に行くと思います。

痛みは、どんな痛みであっても、結局のところ脳でしか感じていない、ということですね、これはすごく大事な考え方です。

だから、実際に、膝が痛いと感じていなくても、脳が痛いと感じていたら、僕たちは痛みを感じます。

例えば、膝を打ったりして、痛めたとします。これは、本当に痛い、リアルな痛み、現実の痛みですね。

すると、脳がその痛みを記憶します。すると、何かの拍子に、これがループを始めると、ひざがなんともないのに痛いんです。

すでに治っているのに痛いんです。昔の言葉でいうと、「古傷が痛む」という表現がありますが、そういうことです。

痛みから離れますけど、何かの失敗体験をします。失敗して身がすくんだとします。そうすると、同じ失敗するような状況になった時に、同じ症状が出ます。震えるとか。

例えば、小さいころにおぼれたとします。すると、そのおぼれた事実を忘れてしまっても、同じ状況がそろうと、また、パニックになってしまう。水が怖い、というのが、脳に残っているということです。

最近、一番大きく変わったのが、従来、肩こりとか腰痛っていうものが整形外科的な理由でなっている、と。30年ぐらい前まではそうでしたが、1990年代くらいから風向きが変わってきました。


そして、この頃になって、「うつ」というものの概念も変わってきました。

DLPFC(背外側前頭前野)で起こっている、という話にようやくなってきました。

まだまだたぶんこれからだと思います。

結局、腰痛なんてないんです。脳が痛みを感じているんです。肩こりなんて存在していないんです。脳が痛みを感じているんです。

例えば、腰痛の一番の原因は借金だったりします。資金繰りが悪いとか。 

次は、仕事に行きたくない。家族の仲が悪い。 もしくは、会社内の人間関係がぐちゃぐちゃ。地域社会でうまくいっていない、子どもが言うことを聞かない、姑がうるさい、など、

実は、腰痛の原因は、ほとんどが心理的なものなんです。

でも、出てくる痛みは、なんかの拍子に出てくる、

で、ここまでが分析の部分。従来と考え方が違いますよ、と。

ただし、アプローチは今まで通りでいいんですよ。

例えば、膝が痛い、というときに、足の指先1個1個を動くようにしていきます。脳が壊れて、一番最初に起きるのが拘縮です。関節の不具合が最初に起きるわけですから、

舩越:脳が壊れるというのは、実際に脳がどうなっていることになるんですか?

安部:いま、すごく画像の技術が発達してて、脳の動いていない部位を空白にできます。画像で。活動過剰な部位は、色を濃くすることができます。ちょうど、サーモグラフィーのように、脳が活動しすぎている場所と、活動を停止している状況に分けることができます。 

例えば、何かしらの虐待を受けると、脳の一部がぽっかりと活動を停止します。

舩越:じゃあ、筋肉で使っていないところと使いすぎているところがある、というのと同じですか?

安部:それをコントロールしているのが脳です。

舩越:だから、筋肉=脳だということですか?

安部:そうです。以前話に出た、ホムンクルスを思い出してください。身体と同じものが脳の中にあります。それぞれの担当部位があります。

例えば、身体の一部に衝撃を受けると、脳の対応する部位が、活動を停止するか、以上興奮します。活動を停止している場合は、機能を回復しなければならないんです。そして、活動が過剰なところは、落ち着かせなければいけない。

出ている症状が一緒でも、脳へのアプローチは真反対。

これは、最近うつでいわれることですね。うつに、活動停止型のうつと、活動しすぎのうつがある。

出てくる症状、見た目は一緒なんです。だから、脳の活動の状態をスキャンをしないと、(画像診断ではなく)投薬は危ないということです。

活動しすぎている人に、より活動するような投薬をしてみたり、逆に、活動を停止している人に、より活動を停止させるような投薬をしてみたり。

舩越:じゃあ、脳の活動状態を調べてみないとわからないということですか?

安部:まだ、脳の活動パタンも84000パターンくらいしか集めていないらしいので、人間って一人ひとり違いますから、本当はもっとビッグデータ化していって、これから、実際の症状と画像のデータを照らし合わせた蓄積がされていくのではないかと思います。

 脳が壊れて、一番おかしくなるのは関節なんですよ。動かなくなる。僕は、昔から関節に記憶する、って表現していますが、

全ての関節が、まんべんなく滞りなく、なめらかに動くようになれば、おそらく、脳の修復に成功しているという風に僕は主張しています。

誤解があるんですが、身体を鍛えたり、無理やり柔らかくしたからといっても、脳の機能は崩壊したままです。

舩越:それはどうしてですか?

安部:脳の暴走状態にある人が、より脳を暴走させればより、暴走状態になりますが、けがをします。 
ゆるみすぎたり、壊れたり。例えば、最近よくある事故で、関節緩めましょうと言って、ワーッとうごかしますね。すべてが崩壊します。緩めすぎて。

基本関節は適度に締まっていないといけないんです。かといって、硬直してはいけない。ゆるみすぎてもいけない。

そして、筋肉は、ずっとさわっていたいような、最高の触感、これが、終始一貫昔から主張していることです。

脳がこわれると、自分にとって有益な情報を、害のある、よくない情報と感じてしまいます。逆に。自分にとって害のある情報を役に立つと勘違いしてしまうんです。

依存症は全部そうでしょう?たとえば、過剰なお酒、身体に悪いはずなのに、やめられなくなる。

脳が壊れている人の特徴は、なにかにものすごく依存している、ということです。

舩越:わたしが、先生に出会うきっかけとなった先生のブログに、「感情の解放と関節の解放は必ず同時に置きる」と書いてあったんですが、

(ちなみに、このブログはもうなくて、このブログに先生の記事の内容があります。)

関節の解放は、運動などでアプローチしていくと思いますが、逆に感情からのアプローチだとどういうことができますか?

安部:「あなたらしく生きてください」というのが、感情の解放になります。無理をしない。自分が本当にしたいことを最初からやるというのが、感情の解放です。

感情の解放って他人を必要としないんです。自己完結するんですよ。自己完結すると、他人をいいほうで巻き込めます。他人に認めてもらいたいというのは、感情の解放と真逆ですね。人から好かれたいとか、全部真反対です。

感情の解放とは、自分が人を好きになる。自分が他の人を認める、ということです。ちょっとイメージ反対ですよね。

これ、実は、筋肉も一緒です。例えば、足を内側にねじる筋肉って、外側についているんですよ。そして、足を外側にねじる筋肉は足の内側についています。

これとよく似たことが人間の行動にもあるわけですね。

だから、体調の悪い人の考えることって、全部真逆になっているんですね。だから、そういう人に、今あなたが思いついたことの反対やってごらん、ってよく言うんですけど、だいたい、体調よくなっていきます。すべて選択を間違っているとしたら、一から全否定して、ひっくり返しちゃうと、よくなる。

特徴があります。体調が悪い人は、「どっちが正しいかゲーム」を始めます。「俺は正しい、お前は間違っている」という話の仕方をする人は、感情の解放ができていないということですね。

そういう人って、体調悪いでしょう?正義を振り回す人。

舩越:先生のレッスン中、わたしが、どういう風に動いていいのかわからなくて質問すると、「それは考えないでください」と言われて、エクササイズ用のエアクッションを渡されて、「これに乗ってください」と言われることがありますよね、乗ると、あまり色々考えられなくなる、やるべきことがわかるから。それは、不安定な中で、小脳のトレーニングになるからいい、ということなのですが、
 
感情にとって、エアクッションに乗ると、自然とできる、みたいなことはあるんですか?

安部:その説明をする前に、理解しておいたほうがいいのは、痛みを感じるところと、感情を感じるところは同じところにあるんです。 そして、考えるところは、離れたところにあるんです。だから、感情と思考は、相容れない部分があると思ってください。

でも、順番としては、まず考えるが最初にあって、考えの枠組みに沿って感情が生まれてきます。この、考え方に影響を及ぼしているのが、日々の行動なわけです。

ちょっとややこしいことに、この、行動を引き起こしているのが、感情なんですよ。つまり、これはぐるぐる回ってるんです。だから、どこから手を付けてもいいわけですね。

昔の日本が優れていたのは、行動によって、思考と感情を変える技術に長けていたんですね。これを「しつけ」といいます。身を美しくすることで、全てを回せていたんですが、戦後、進駐軍が入ってきて、これが機能しなくなりました。

何が起こったかというと、みんな自分で正しい答えを見つけないといけなくなったわけです。これを「自由」といいます。「自らに由る」ようになったわけです。社会共通のルールがなくなりつつあるでしょう? それが戦後ずっと続いています。

痛みを感じる部分と、想像力、クリエイトする部分が同じ場所にあるわけです。だから、人に認められるためのクリエイトじゃダメなんです。自分の人生を楽しくするクリエイトをした時だけ、感情が解放できるし、体調がよくなるんですよ。ちょっとややこしい話になるんですが。


安部:赤ちゃんのころの、だれにも汚染されていない状態、まだ、だれの考え方も押し付けられていない状態まで戻してしまおう、というのが、僕のアプローチです。

だから、僕が徹底的にいじくりまわすのはそこです。「それは、勝手な思い込みでしょう?」と。

文章でいうとかんたんです。「~じゃないといけません」「こうしないといけません」「これがるーるです」「これが決まりです」「これ守りなさい」「この通りにしなさい」「俺の言うこと聞きなさい」というのはすべて、他人から汚染された、自分じゃない、だれかの意見です。

もちろん、社会ですから、それはあって全然構わないんですが、 社会ではない場面でもそれが出てくるわけです。自分の人生において、それが必要ないところでね。これが身体が固くなるということです。

体調が悪い人は、人のあらを探して、その人にその行動を修正するように、やたらと指示命令を出します。これが、身体の調子が悪い人、関節が壊れている人。

直す方法は簡単です。人の行動を放置できればいいんです。自分の問題と、他人の問題にきちんと境界線を引けた瞬間に関節はいきなり柔らかくなります。だから、いくらリハビリをやっても無駄というのはそこなんです。

なぜうちで効果が出るかというと、完全に放置しているでしょう?あなたが寝ていても、別に好きにしていいし、あの自由な空間でないと、あらゆる運動はすべて逆効果になってしまいます。例えば、プログラムを作って、「あなたはこの通りにすべてをこなしなさい、そうしないと、、、。」と脅しがはいるでしょう?僕も脅しますが、脅しの種類がちがいます。

僕の脅しというのは、「あなたは、自分の頭で考えて、自分の責任において自分で身体を動かさないと、絶対によくなりませんよ。」というものです。決して僕の言うことを聞きなさいではないです。

ただ、こういうこともいいます。「今のあなたが思いつくことは、すべて体調が悪くなるほうにやっているでしょう?とりあえず、一定期間、言われたことを聞いて、僕の言うとおりにしてごらん。そしたら変わるよ」ていう話はよくします。

舩越:先生が、「体調が悪い状態で思いついたことなんてろくなことじゃありません」って言われて、わたしの中で変わったことがあるんですけど、体調が悪い時とか疲れてるときに、前だったら頑張って無理してでもやっておこう、としていたのですが、今はまず休む、寝たり。寝るときも、何もせずに寝ると、ストレスが肩に来て、朝起きたら肩が凝っていたりするので、エアクッションやポールに乗って身体をほぐしてから寝るようにしています。

安部:瞑想がなんで効くかということなんですが、瞑想のテクニックに走ると、調子が悪くなります。本末転倒になります。

僕が思う瞑想は、瞑想ではなく「建設的休息」と呼んでいます。自分の人生において、有益な休み方、それが瞑想です。

舩越:先生のレッスンで習った、建設的休息、の形にはこだわらず、自分なりの、ということですか?

安部:そういうことです。エクササイズの中で、建設的休息をやるとこうですよ、というのがあれです。他にも、座ってやるとき、書道をするときでも建設的休息はできるわけです。墨をするのもそうです。

脳の機能を回復させるのは、単調で、気持ちのいい動きを延々やればいんです。例えば、走る、散歩する、登山する、ドラムを叩く。それも、テクニックに走ったら絶対ダメなんです。

木魚がわかりやすいかな?ぽくぽくぽくと延々やっていると、脳が整っていきます。(先生の)IBUKIのCDは、それをものすごく精密につくっています。

それに依存してしまうと、本末転倒なので、あくまで手段ですね。

舩越:レッスンの時、動く前に、解剖図を見て、今からどこの筋肉を動かすかを確認してから、動きに入って、動くときも、どこの筋肉を使っているかを意識しながら動くと、自分の考えが入り込む余地がなくて、これも瞑想かな?と思ったのですが、そういうことですか?

安部:その通りです。僕は、瞑想の会、とかはやりません。なぜなら、そうすれば、目的が生じてしまう。瞑想によって何かを成しえようとするでしょう?瞑想は休むことですから、目標を立ててしまうと、休みにならないでしょう?

舩越:「休む」というのは、大脳を休ませることですか?

安部:実は脳の話ってまだよくわかっていなくて、僕の中では、脳のシンクロ率を上げる、という、ちょっとエバンゲリオンみたいだけど、日本語にすると「脳を統合する」と言ったらいいですかね。

反対が、統合失調症ですね。幻覚が見えて、妄想の世界。妄想の世界の人は具合が悪いでしょう?リアルに生きている人は具合がいいのよ。

脳を統合すると、現実社会を生きていける。

舩越:それは、グラウディングと同じですか?

安部:はい、そうです。特別なことをしすぎるとよくない。むしろ、普段の雑談とか、みんなで集まってわいわいやっていることが大事。人格の統合という意味で。もっと言うと、自分の周りに嫌いな人がいない状態。ていうのがわかりやすい指標になると思います。いわゆる類友ですね。

自分がうまく統合できてくると、目の前から嫌いな人は一人もいなくなるはず。縁がなくなっていく。

舩越:統合って、何と何との統合ですか?

安部:自分の中のいろんな人格が、それぞれ、そのまま人格を持って、いじらない状態。例えば、僕の中だと、暴力的な自分、平和主義な自分、両方がいつも普通にいる。どちらかが、時々来て、時々安らいで、それはいつも波として存在している。別に、どっちがどっちというわけではなく、全部含めて自分。

理想の自分に向かって、今の自分を否定している状態は良くない。体調が悪い自分をまず肯定して、「つらいからこれ、いやだな、何とかしたいな、そもそも、なんで壊れたっけ?」とかんがえ、「あ、おかしなことをやってるから、これはやめなきゃ。じゃあ、どうしたらよくなるか?自分に戻らなきゃ」というような、自己との対話、こういうことが統合の最初期。

統合できてしまうと、対話が一瞬。

舩越:それも、練習していくものですか?

安部:うん、でも、考える訓練ではなく、身体を動かす訓練をしたほうがいいと思っています。頭だけ使っても何もできない。

他人とコミニケーションを取る練習をすると、自分の中が統合されます。自分の話がほかの人に通じない状態ほど、自分が統合されていない状態はない。

具合が悪い人は、他人とのコミニケーションが全然取れないです。他人をコントロールすることで、取れているように見えている人もいます。例えば、物をあげたり、お金で関心を買う、ファッションにこだわる、など。他人とわかりあえていないのに。

統合というのは、自分の中の自分と分かり合えるわけですから、自分とよく似た他人のこともある程度分かるはずなんです。そうすると、他人が感じていることが、だいたい想像できるでしょう?正確ではなくてもね。そうすると、コミニケーション取れますよね。

よくある話が、自分がしたことで相手が怒った時に、「この人がなんで怒っているのかわからない」っていう人がいるでしょう?それとか、自分が何か言って相手が泣いたときに、「この人なんで泣いているかわからない」とか。そういう人は、自己の統合が取れていないということです。


そしておそらく、相手の怒っている人も、泣いている人も、統合ができていないということです。基本調子がいい人は自己完結できますから。そこに他人を巻き込んでしまう時点で統合ができていない。

これが、レッスンで僕がペアワークをやってもらう理由です。本人の意識と実際の身体の位置などの認識ずれが大きいでしょう?そんな状態で考えると、やはり考え方もずれてくる。

舩越:そのことの意味が今は少しはわかります。

安部:例えば、ひざがすごく曲がっているのに、自分ではまっすぐだと思っていたとします。まっすぐになった時、初めて、前の自分は曲がっていたとわかります。まっすぐになるまではわからないのです。

舩越:わたしも、最初のころ、姿勢を整えるエクササイズをやった時に、後ろに倒れそうになって、これはおかしい、と思いましたが、見たらまっすぐで。

安部:意識の書き換えがすぐにはできないから。

舩越:意識の書き換えは、繰り返し行うことでできていくんですか?

安部:それよりも、フィードバック、例えば、ビデオを見たりして、現実を客観的に見て、衝撃を受ける。もしくは、ペアワークで、ほかの人に直してもらって、「こんなに違うの?」と驚く。脳にとって、この驚きほどの快感はない。脳は、気持ちいいことだと、瞬時に修正します。気持ち悪いことは修正しようとしないんです。だから、自分で気が付くということが必要なんです。だから、コントロールしようとするようなタイプの指導者のところに行くと、調子が悪くなる。

僕は、知識は与えますが、何がどうなっているかは自分で考えてほしいんですよ。知識をもとに。そうすると、自分で納得いった瞬間にすべてが解決するでしょう?

舩越:結局自分が納得できるまではすごく時間がかかるし、納得できれば変わっていくのかな?と思います。

安部:納得できないような理論だったら、学ばないほうがいい。

舩越:やっと解剖学を学びたくなりました。今まで、学ばなきゃ、というのはあまりなくて、練習すれば、解剖学を学ぶ必要はないのかな?と。

安部:身体の操作をする上で、解剖の知識なくやるということは、栃木の山に地図なしで登るようなものです。確実に死にます。今、指導者の知識不足に愕然とします。これでは、当然身体を壊してしまいます。関節の位置が動かし方も知らずに、指導して、本人だけでなく、生徒さんも身体を壊してしまします。

センスがいい人は、そんな先生には習いに行きません。動きを見ればわかるからです。だから、解剖の勉強は大切です。

舩越:筋肉の名前や構造を暗記したいと思ったのです。少しずつでも。自分でも面白い変化だと
思います。

安部:その分だけ幸福度が上がります。

舩越:今までだったら、がんばって覚えなきゃ、とか思っていたんですけど、今は、知らなければできない、知ってて当たり前でしょ、という風になりました。

肩関節やひじ関節についてレッスンで習って、一日に何回も関節がぱきぱきいっているのに気づいたり。

安部:五十肩は、今、その症状が出ているだけで、関節の破壊行為はおなかの中にいるときから始まっています。もっと言うと、受精卵の前の段階で、卵胞のなかから、もう、肩が壊れることがきまっていたのです。どこかで早く情報を書き換えないと、壊れる一方です。
 
舩越:肩関節がどれだけ繊細で、大切に動かさなければならないか、とか、そういうことがとても大事だなあと思います。

安部:いい感じで振り出しに戻ったね。関節を壊す人は、脳を壊す人ですから。つまり、関節の修復をするということは、脳の修復をするということですから。

身体を乱暴に使っている時点で、脳がこわれっちゃっているのね。でも、どこかで、身体を大切に使おう、と思った時点でもう修復が始まっているの。もう、修復できていると言ってもいいかもしれない。

でも、乱暴なことをしている人、激しいエクササイズなどをしている人は、その時点で脳の状態がよくないの。実際に脳をスキャンするとわかる。そんな脳で運動していたらだめだから、とりあえず、行動から変えよう、と言います。でも、なかなかやってくれませんが。そこに同意してくれれば変わるんだけどね。

舩越:レッスンでていねいに練習したことを、毎日の日常生活動作の中でいかに落とし込めるかを意識して生活しています。

安部:基本動作をやっていくと、勝手に変わってない?色んな事が。歩くとか、包丁使うとか、日常生活の中で自然と出てこないとおかしいのよ、日々の練習が。

だから、僕たちインストラクターの仕事は、その動きをやっておけば、人生のすべてがよくなるような物を提供しなきゃいけない。それは、とても簡単な動きなのに、マスターするのが難しい。

舩越:私は、いつもどこでも練習しています。喫茶店とかでも。

安部:脳の修復の話をまとめましょう。まず、関節から入るのがいいです。全ての関節がまんべんなくくまなく、正常に動く、というのを目指す。それをすればいいだけだと思います。簡単でしょ?皮膚の手入れをするとか、そういうのでもいいです。

舩越:単にさする、とかそういうのでもいいんですか?

安部:はい。それでいいです。話を原点に戻すと、身体がなかったら終わりです。だから、脳を成り立たせているのは身体です。身体が崩壊してしまったら、脳はその機能を維持することができない。

これが、さっき言った、筋肉と感情は同時に壊れる、同時に修復する、ということです。身体が壊れることが脳が壊れることを意味するし、脳が壊れているときは、身体も壊れています。だから、同時にしか起きない。やるなら、全否定です。「今まで全部間違ってました、生まれる前から」と。

前は、生まれてこのかた、って言ってたんだけど、調べてみたら、卵管の中にカメラを入れて映像を撮れるんだけど、もう、卵管を転がっている段階で卵子の動きがまちがっています。 だから、その辺までイメージして修復しないとだめだろうと思います。

人間には、イメージで変えていける力が、ほかの動物に比べて優れているので、使わない手はないと思う。 このイメージの力を壊すほうで使っているから壊れているだけだから。

舩越:壊す力がある人は、直す力もあるということですか?

安部:そういうことです。だから、直す力がある人は、壊す力があるんですよ。両方です。医学的に言うと、よくなる方をプラシーボといいます。悪くなるほうをノシーボと言います。

実は、医薬品も含めて、このプラシーボ、ノシーボの効果のほうが、実際の効果を上回ることが多々あります。がんもそうです。がんは、免疫の異常です。アトピー性皮膚炎もそうです。自分の身体のシステムが壊れているんです。

僕たちは、勘違いをさせられていて、何かの病気があって、それによって身体が壊れていく、と考えがちだけど、もう、すでに壊れているから病気になっているだけです。野菜もそうです。健康な野菜は病気しないでしょう?病気をしたから野菜は不健康になったんじゃないでしょう?最初に不健康になったから、様々な病気にかかるのです。人間も一緒です。

体質改善もそうです。脳が壊れているからできない。脳を直さないとできない。偏った考えで体質を改善しようとしてもできないし、特別な方法を試そうという時点で脳が壊れている。

成功例は、水木しげるせんせい。ゲゲゲの鬼太郎の。特別な健康法をやった人より、普通に生きてきた人のほうが元気。

特別な健康法をやるのは、脳が壊れると、不安や恐怖に振り回されるので、なにか体にいいことをやらないと、不安でしょうがなくなるから。結果、免疫がおかしくなって、免疫の異常になる。そして病気になる。よけいなことをしなければいい、という話に最終的にはなる。

舩越:プロメテウスだけあればいい、と先生が言われる意味がわかってきました。 自分のからだについて、最低限知っておくに越したことはない、というか。




安部:正確にいうと、そうじゃなくて、僕の言いたい主張はこうですね。生まれる前から、生まれてから今までも、自分の周りがうまくいっている人だけだったら、プロメテウスなんていらないです。

 でも、運悪く、親、地域社会、などにうまくいっていない人が多かったら、すがれるわらは、プロメテウスしかないいんです。あれは嘘をつかない。唯一の真実の書ですよ。 人間をばらして、どういうものからできているのか、ということが書いてあるだけの何の先入観もない、結果論だけの本。これに、何の嘘もないから。一部研究者の見解の違いはあるけど。

基本、骨のどことどこがくっついていたら、この筋肉縮むからこうしか動かないよな、というのにうそはない。神経は、どことどこにつながってて、脳のこの部分はこういう働きで、というのにも嘘はないわけじゃない。新たな発見はあるかもしれないけど。そうすると、何が真実かという味方も変わってくるし、健全な人が集まってくる。 そうすると、どんどん良くなるので、楽しい。

今日は、こんな感じですね。 

 
~終わり~

 今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ワンダーカフェジャパン
舩越舞

811-3134
福岡県古賀市青柳2672
fmai6099@gmail.com



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世界の素晴らしいところを数えよう。

こんばんは。

舩越 舞(ふなこし まい)ウェブマガジンへようこそ。

2015年の9~10月に、

わたしが学んでいる、

身体の学校 安部塾

の安部 吉孝先生と5回にわたって対談しました。

文字をリンクすると動画が見られます。

① 心と身体の不思議な関係

② 壊れた脳とその修復について

③ 自分をさらけ出すと世界が変わる

④ 食べるということ

⑤ 自己肯定感を高めるには?


わたしにとって、とても貴重な対談ですので、

今回、YouTubeにアップしている対談を、

自分の勉強と皆さんにシェアするため、内容をまとめることにしました。


 1回の動画が約1時間です。

文字にすることで、

何度も気軽に読み返すことができ、

理解が深まるのではないかと思いますので、

動画を見られた方も、

動画だとなかなかまとめている時間がない方も、

など、活用していただければうれしいです。

動画の内容を理解していただけると、

人間の心と身体の仕組みの理解が深まり、

皆様が望む人生を送ることに大変役に立つと思います。

わたしのレッスンでも、この動画で先生がお話されている内容をベースにお話ししています。

最後には、YouTubeの動画も貼り付けておきますので、動画でもご覧ください。

 なお、内容は、読みやすいようにある程度対談の内容を修正しています。


今日は、

①心と身体の不思議な関係 

収録は、2015年9月15日です。



安部(安部 吉孝先生)
舩越(舩越 舞)

安部・舩越 よろしくお願いします。

舩越 もともと、わたしが先生の所に来たのは、

   「心と身体の関係が知りたい」

   と思って、

   「股関節・感情」

    というキーワードで検索をして、先生のブログを見つけたからです。
   
   それから、レッスンに通うようになって、ずっと、身体の勉強とか訓練をやってきて、

   心と身体の関係についても教えていただいて、

   自分でも考えたんですけど、

   わたしが、先生に教えていただいたことを、

   次の方にお伝えする時に、(自分の生徒さんにレッスンで伝えるということ)

   一番大切だと思うことは、心と身体の関係なんです。(身体のレッスンであっても)

   例えば、
  
   なんで、身体に不調が起こるか?とかそういうことを(実際に身体を動かす訓練より)
  
   お伝えしたいと思うようになりました。

   
安部 具体的にはどういう風に?

舩越 例えば、肩がこっている時、最初は、

   肩が痛くなったから、体操しておこう、とか思っていたんですけど、

   今は、「なんで、肩がこったのか?」がわかるようになったんです。

   自分で意識していなくて緊張していることが結構あって、

   例えば、わたしは、料理教室をやっているんですけど、

   人数が多い時は、すでに準備段階から緊張していて、

   講義で話をしているときも、気づくと息を止めていたり、

   必死に動いて、足が痛くなったり、

   上半身の首から胸の部分に緊張がきてる、とだんだんわかるようになってきて、

   呼吸の練習とかやっているのに、

   結局、普通にしゃべる時、息を止めている、

   そんなことも最近気づくようになりました。

   そして、緊張に気づいて、その日の夜に、ポールに乗ったりして、

   自分で自分の身体を回復させられるようになりました。
  

安部:相手の得意な分野に合わせて話をすることが大切です。

会話をする中で引き出すんです。

相手の特性に合わせないと、話を聞いてもらえない。

まず、気持ちよくしてあげて、話を聞く余裕を与える。

身体がバリバリに緊張している人には、 まず、緊張を抜くメソッドを提供する。

まずは、身体的な緊張を抜いて、言っていることが、耳に入るような状態にする。 

読書療法で、理屈がわかれば、4割の人は効く。

僕たちの対象は4割の人。


気のせいで効く人(プラシーボ)は、7割。

気のせいで悪くなる人も(ノシーボ)7割。

 どちらも効かない3割の人は、意志が固い人。
(なかなか変わらない)

理屈がわかる人、体感するとすぐ変わる人たちが関わっていける人たち。


緊張していいんですよ。緊張したら、同じ場所まで戻ればいい。


上がって、落ちるのが生きているということ。

(落ちっぱなしはうつ。)

極端な起伏はよくないが、穏やかな起伏はあったほうがいい。

緊張感がない人生はつまらない。

舩越:わたしは、今まで、いろんなボディワークをやってきて、フェルデンクライスメソッドなどをやってきた。フェルデンクライスは、感覚を高める訓練を重視するが、理屈はほとんど学んでこなかった。もちろん、よい変化はたくさんあった。

安部先生は、自分に合っていると思う。

わたしは、理屈が知りたかった、頭でわかりたかった。
 
安部先生に理屈を説明してもらえたのが、わたしが変化できた要因だと思う。 


安部:理屈を学ぶいい面、悪い面

いい面

安全 ・一切無駄がない

悪い面

考えるスピードは絶対感覚に追いつけない・感覚を止めないと考えられない

感覚の訓練と考える訓練は全く別物 

僕は、こう見えて、結構感覚派。

感覚派の人ほど考えなければいけないし、

 考えるのが好きな人ほど、感覚を磨かなければいけない。

密教では、金剛界と胎蔵界

感覚の世界が女性的な並行の世界。

思考の世界が、男性的な垂直の世界。



ヨガだと、男性原理と女性原理

 六芒星は、男性原理と女性原理が向かい合って、統合された姿。

訓練というのは、ただ動くのは無理で、必ず考えている。

考えているときも、自然と動いている。

 僕が考えているのは、力学的力のベクトル。

 ベクトルを完璧にすると、脳の機能が完璧になると考えている。
 

僕は、どこにどういう骨があって、どこにどんな筋肉がついていて、

どういう風に連鎖すると頭に入っているから、

 僕が見ている世界は、何も勉強していない人の見ている世界とは全く違う世界。
 

ぼくは、ぱっと見で、その人の生きてきた半生の身体の使いた方がだいたいわかる。

 その人が、気づいていないところまでわかるので、その人からしたら、

ちょっと不気味かもしれません。

 最低限、プロメテウスが頭に入っていれば、先生の話は、何にも悩まずに聞けるけど、

まだ頭に入っていない。生徒の中で、入っている人たちは、変わってきている。




 プロメテウスは、理屈に見えるけれど、そうでななくて、イメージ。

僕は、骨が透けて見える。


 例えば、腕が上がるときの、肩、肩甲骨、骨盤、などの骨と筋肉の動きがだいたいわかるので、

その通りに動くことができる。 


実は、理屈の話と、感覚の話を分けてはいけない。

脳の中では、同時に処理している。

イメージファイルみたいなもの。

例えば、動画を撮った時、

音声ファイルと画像のファイルは同時進行している。

音声ファイルがイメージで、画像のファイルが考えていること。

音声ファイルが大きくなると、画像のファイルが容量を食われて画像が荒くなるし、

脳の容量は決まっているので、余計なことは考えてはいけない。

感じて、理屈は、後付け。

舩越:クッションや、バランスボールを使う練習を多くしている。

  不安定な練習をした時にしか気づけないことがたくさんある。

  筋肉を使っている感じがしているときは、使えていない、というのがよくわかる。

   レッスンでも、使ったほうが、変化がわかる。

安部:人馬一体 という言葉がある。人と馬が分かれているうちはダメ。感覚がつながる

   時に一体になる。僕らの優れている能力は、

例えば、この棒、意識を棒の先まで持っていけば、棒の先まで手として機能する。

調子が悪い人は、自分の手の指にさえ意識が行っていない。

肩にさえ行っていない、顔あたりで止まっている。

だから、けがをするし、動けない。

先生は、道具をよく使うが、舞扇や棒は、意識が先まで行っていないと操れない。

何も意識をしないと、この棒も重くて持てないが、解剖学的に正しく持つと、こんなに軽く持てる。 

意識をどう持つか、がとても重要。

舩越:最初のころ、鎖骨から腕です、と言われましたよね。

安部:解剖学的に正しいことをまず知識で入れて、それをもとにイメージをすると、何の矛盾もない。

正確には、機能解剖学。人間の身体を設計図通りに使う。ある先生は、機能解剖学の本は、身体の取り

扱い説明書と言われていますが、ぼくは、設計図だと考えている。

機能的に、鎖骨から腕だし、横隔膜から足。だから、呼吸ができていない人が、ちゃんと歩けるはずがない。横隔膜のコントロールさえできないのに、ちゃんとあるけるはずがない。

例えば、横隔膜がコントロールできれば、股関節がきちんとはまるので、バランスディスク(エクササイズに使うプラスティックのクッションのようなもの)にも何時間でも乗っていられる。

舩越:呼吸をちゃんとできていなければ、なにをしても意味がない、というのがすごくわかる。

今まで、いろんな練習をしていたが、何をすればいいんだろう?毎週いろんな動きを習って、できない

こともたくさんあるし、最近、一番基本のことをレベルを落としてやるのがいいのかな?と。

安部:レベルを落とすのではなく、基本を身に着けていく。むしろ逆。

まずは、ひらがなを覚える、アルファベットを覚える。それができたら、あとは雪崩のようにできる。

例えば、数学でいうと、数の概念がある。1とは何か?2とは何か?それを理解せずにただ暗記するだけだと、いずれ行き詰る。

具合が悪い人たちというのは、全部間に合わせで適当に生きてきた人たち。身体の使い方の基本も全く学ばずに、ちゃんとしたモデルも見せてもらえずに、全て間違って、おなかのなかから、全部間違った状態。マイナススタート。

卵子、精子の段階から、ずっと間違って生きてきているのに、そうそう簡単に書き換わるわけない。

だから、転がる、起き上がる、あおむけ、それさえ、簡単な動きがいかに難しいかにまず気づいてもらう。

実は、ただ単に勢いでやってるだけで、なにひとつできていない、ということが分かってほしくて、結構きついことも言う。

できるようになってみると、できなかった時の自分を振り返った時に、頭を抱える。

問題は、教える最初の段階で、最初の関門になる。

今までやってみて、いきなり全否定が一番いいかなと思っている。
 
舩越:赤ちゃんの動きとか、受精卵の動きを最近教えてもらったので、そればっかり練習していたら、すごく身体の変化があった。

呼吸の練習は、とてもいいなと思った。呼吸は止めている時がないので、効率がいいな、どこでもできるし。口にテープもまだ貼っている。(口呼吸防止テープ)

もう、貼らずには寝られない。やっぱり貼らずに寝ると、口を開けていることがある。

わたしは、自分の身体を変えたいという思いが強く、やれることはできるだけ多くやりたいと思っていて、テープを貼るのは、だれにも見られるわけではないので、おススメかな。

安部:継続できることが人によって違う。指導していくときは、この人は、なんだったらできるかな?という考えは必要。

僕のところには、よその学校や先生に失望してくる人が多くて、僕のところで失望する人ももちろんいるわけですが、

いちばん多い失望は、自分の望む指導と受ける指導のギャップがあること。僕のところでは、あまりに簡単すぎていや、という人はいます。ものすごく多いです。

例えば、浮きたいとか、奇抜なポーズをしたい人には、まず、手の構造の話から始まるから、ものすごく回り道に感じるのです。

でも、僕からしたら、最短の近道を教えているが、なかなかそこは難しいところ、

舩越:なんでも基本は大切とか、言うのは簡単なんですが、今それをすごく実感します。基本は楽しいと思います。

基本を一生懸命やることでいっぱい気づくことがある。基本をやることによって、いろんなことができるような気がしてきたり。基本の練習を積み重ねればいいんだ、と思うようになった。

安部:僕は、マルチな人と思われているでしょう?なんでもやるから。僕は、すべてにおいて2流を目指しています、とよく言ってます。

その代わり、なんでもやります、と。たぶん、突き詰めてトップクラスを目指すと、なんかゆがむんですよ。

それよりは、基本的なものの考え方とか、身体の動かし方をやっておくと、大概のことにはストレスなく対応できるの。

デザインやって、といえばできるし、音楽作って、と言われれば作るし、映像も作るし、まあ、そこそこはできる。

そこそこの出来でよければ、それこそ、さっきの緊張と弛緩、のバランスがすごくいいんです。

でも、たぶん、自分がもっている基本の能力、人生で積み上げきた基礎以上のことをやろうとするので、具合が悪くなる。

もし、高いレベルのことをしたかったら、ものすごい勢いで基礎を積み上げないと無理。

例えば、身体操作でめちゃめちゃ積み上げたとします。

僕は、積み上げた量だけは誰にも負けないと思うの。そうすると、意味不明の自信がある。で、ほかのことをやるときに、身体操作で積み上げたものが、そのまんま応用が利く。

これが、脳の健康にいい、体調がいいという話におそらくなっていく。

舩越:わたしがこういう身体のことを勉強し始めて、自信というものが、自分の身体を通して、頭で考えていたことを現実にすることでついたと思います。

例えば、考えたことを実現する、というだけではなく、思い描いた動きをやってみる、とか。そういうことが、小さな自信になる。

今まで、自分の身体が思い通りに動かせない、ということが 小さなころからあって、自分が運動ができないとか、走ったら遅いとか、ボールが投げれないとか、跳び箱が飛べないとか、あって、

今やっている、小さな運動がやってみてやれたこととか、やって感じたこととかの積み重ねで自分の小さなゆるぎない自信とか、そういうものが積み重なっているな、と思っています。

安部:よくみんな誤解することなんだけど、運動能力が高かったら自信がつくかというと、そんなことないの。

トップアスリートがなんであんなにメンタルが弱いかというと、運動が得意だからです。

さして、練習もせずにできる人たちのほうが実は自信ないんですよ。さして練習せずにできるということは、積み上げゼロですから。たまたまできてるだけなんですよ。

でも、ものすごくどんくさい人が、プロメテウスから勉強して、鬼のようにやったとしますよね。

もう、本当にゆるぎない。活躍している人でも、まず、天性でやっている人は、まず人に教えられない。

言葉をもたないし、自分が悩んでいないから、なんでできないのかわからない。

つまり、よく名選手が名監督になりにくい、というのに近い。

でも、選手時代、ぱっとしなかった人が、監督になってめっちゃ力出すことがあるでしょう?

僕らの場合は、後者ですから、どんくさいほうがいいんです。

どんくさい人が一生懸命理屈を考え、クリアしていったとしたら、天性の人たちとは全然レベルが変わってきます。

教える能力ね、

舩越:先生は、もともとできたほうなんですか?

安部:うん。

舩越:でも、そういう、勉強とかをやろうと思ったんですか?

安部:うーん、僕の場合は、できるんだけど、無茶なことにチャレンジするんですよ。

今はやりませんけど、時速10何キロで流れている川に飛び込んだらどうなるかな?とか。例えば、18キロで流れている関門海峡とか、福津の海岸の津屋崎側とか。

その中で限界が見えた時に培った能力とか、考えたこととか感じたこととかが役に立っている。

山登りでも遭難したりとか。

少々人間が能力あるとか、自然の中では全く役に立ちませんから。僕は、人間レベルで競ってもしょうがないのじゃないかなと思う。

ただ、ひとついえるのは、能力が高いと楽しめるんです。

運動能力が低い、身体能力が低いと、同じ人生でできることが限られてくる。

だから、身体を動かすということに対して、なんでこの人たち投資しないのかな?という目でいつも見ています。

身体動かない人って、口だけまめるから、他人のあら探しして文句言ってるばかりでしょう?

何にも前に進まないでしょう?話。そんな暇があったら、自分で身体動かして能力上げれば、なんだってできるんですよ。

人がしてくれない、って言わなくていいんですよ、自分でやれば早いんですよ。

その辺のことも含めて、ぼくら(インストラクター)の活動は、有意義だと思っています。


その人が生きる時間の中で、できる可能性が広がっていくわけですから。とはいっても、やらない人はやらないですけどね。

やらない人は、やっぱりやりたくないんだと思います。

うまくいきたくないんですね、いろんな意味で。



安部: 教えることでしかわからないことのほうが多いかもしれません。

舩越:わたしは、先生のレッスンに、始めていった時、3月くらいに行って、次に8月くらいに行ったんですよ。

そしたら、普通のヨガだったんですよ。

わたしは、心と身体のつながりとかが知りたかったのに。

わたしにとっては、レベルが高いヨガで、頑張ってしていたんですけど、半分泣きそうになりながら。帰って、

(心が折れて)、ブログを読んでいましたが、行かなくなって、また行ったら、ヨガだったんです。

楽ヨガというヨガですが、わたしにとってはとてもハードでした。

でも、きっと、このヨガの奥に何かがあるんだろうと思って、いろいろ言わずに、しばらく通ってみようと思って、先生のレッスンに通うようになったんですけど、

それからしばらく、週4回くらい通っていました。できるだけたくさん通おうと思って。

ずっと指導を受けて、同じことを言われて、(首を伸ばす、胸をを開く)はっきり言って、全然わからなかったんですよ。

ずっと先生の指導を受けて思うことは、自分の身体感覚を人に伝えることの難しさを感じながらも、必死になって伝えようとされていることがわかりました。

先生の説明がどんどんわかりやすくなっていったんですよ。

自分も変わったけど、説明の種類の豊富になったり、言葉がわかりやすくなったり、

安部:まあ、それは一つにはこういうことなんですけど、しょせん、習う立場の人にいくらしゃべっても僕は能力伸びないっていうことです。

僕に成り代わって、教える人を育てるということで、このスタイルになったわけです。

舩越:最近加わった、首の後ろを45度上にひっぱる、

安部:あれは、昔から言ってました。理解できるようになったわけです。

 舩越:首を伸ばすというのが、なかなかわからなくて、部分で考えない、とよく言われていたのが、ちょっとだけわかったかな。

安部:僕の言っていることは、何年も一緒なんですけどね。理解者の 側の能力ってものが、理解力がどうしても不可欠なんですね。

難しいけれど、下世話な話、分かってくれないほうが僕は生きていけるので。

卒業してくれるよりは、毎回同じネタで

僕は、エンターテインメントとして提供しているほうが楽しいんですね。

イントラ側としたら、エンターテイナーとしてやっているので。

そのほうが、長続きするし、調子もよくなるし。

あなたが墓場まで面倒見るよって言ってたでしょう?

僕も同じような感覚ではあります。 

舞さんは、変わった中の一人、生き残った中の一人だね。フェイドアウトした人いっぱいいるでしょう?

舞さんは1年ぐらいで、来なくなっちゃった人いっぱいいるでしよう?だいたい頑張るって言った人、来なくなっちゃったでしょう?

これ、特徴があって、やりますって宣言する人、目標を立てる人、これまずいなくなる。なぜかっていうと現実見てないから。

生き残っていける人、変わっていける人っていうのは、今の自分がどうなっているかな?ってわかる人、わかろうとする人。

みんな、自分じゃない目標をたてて、理想を掲げて、結局なるわけない、

まあ、もったいないですよね。

だって、自分の今のところをまず把握しないで、なんで目標たてちゃうんだろうって思う。

住宅ローンがわかりやすいよね。払えない金額の住宅ローンとか借りれないやん、銀行から。

それと同じようなことを身体操作の目標では立てちゃうんだよね。たとえば、夏までに15キロ落とすとか。脂肪の燃焼メカニズムがわかっていたらまず立てない目標じゃない?

舩越:先生のお話中で、正常に呼吸ができていないと、脳に酸素がいかないから、正しく考えることができないとか、身体の状態がおかしいとちゃんと考えることができない、とか、疲れているときとか、眠たい時にはいい考えはできないとか。

そういう考えは、面白いなあ、と思うようになったんですけど、その通りだなあ、って今は思うんですけど、

それを聞いて、周りの方を見ると、こんな体だから、今はしょうがないのかな? と思うように変わりました。

安部:僕の考えの先駆者は水木しげるさん、ゲゲゲの鬼太郎の作者です。

彼の周りには、そうそうたる漫画家がいて、

寝てない自慢、体調悪い自慢、やっていたそうです。だから、60くらいでみんないなくなった。今は彼90オーバーでぴんぴんしているでしょう?

そういうことなんです。僕が言いたいのは。頑張っている人って長持ちしないんですよ。

 身体って、所詮、生もの、生き物ですから、限度があります。


ぐうたらは悪じゃないんです。成果さえ出ていれば。でも、それを僕が力説したら、たぶんたたかれます。

なんでかっていうと、がんばる教って多いんですよ。頑張らなきゃいけない教っていうのかな、ある所の宗教家ですよね。

どう生理学的に考えてもおかしいんですよ。

人間は、生物ですから、がんばっちゃ ダメなように設計されているんです。だからがんばっちゃいけないんです。限界を超えて能力を出しちゃいけないんです。

限界点そのものを上げるのは構わないですよ。基礎を積み上げて。今の限界を超えちゃダメなんです。それがさっきの寝てないとか。僕は睡眠不足の時は動かないでしょ?無理しないんです。そこらへんは今後教えていくときに頭に入れておくといいかな。 

頑張りすぎて調子が悪い人にまず必要なのは、がんばらないこと。

舩越:みんな絶対頑張るから。絶対。

安部:これは絶対行ったほうがいい。「元とっちゃいけない。」「身体操作を習いに行ったら、絶対もととろうと思っちゃいけません」どぶにお金捨ててくださいっていうことです、極端に言うと。それくらいの心の余裕がないと身体は育たない。

舩越:レッスンの時、自分の限界までやろうとする人が多いかなと思う。 わたしもそうだったし、できないけど、できないなりの。

安部:それは、ひっくり返して考えたほうがいいです。できない人ほど難しいことをしたがるんです。身の程知らずです。

僕は正直にあなた、身の程わかってないよね、って言います。だって、呼吸もできないのにね、っていう話をする。

他のイントラさんも同じ話をする、どこでもいっしょです。

 できないから、自分の限度もわかっていない。何言っちゃいけないってことすらわからない。


~終わり~

 今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ワンダーカフェジャパン
舩越舞

811-3134
福岡県古賀市青柳2672
fmai6099@gmail.com



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